私とプロ野球とベイスターズと。ベイスターズ、CS進出おめでとう!!

隙あらば自分語りシリーズ

私とプロ野球とベイスターズと

正直に言うと、私はにわかベイスターズファンである。

ただし、プロ野球ファンとしてはにわかではない自負がある。

まだまだ皆さん覚えている方がたくさんいられると思うが、少し昔は毎日毎日、民放で野球中継がやっていた。読売巨人軍の試合がやっていた。

私の父親は、神奈川出身で縁もゆかりもないはずなのに※1巨人ファンであり、幼い私もなんとなく選手を教えてもらい野球中継を見ていた。

1994年には優勝パレードの見物にいったし、1998年には読売ランドに自主トレの見物にもいったりした。ちなみにこの時、現巨人軍監督の高橋由伸氏からサインをもらったのはけっこうな自慢だ。野球カードの収集にもハマってこづかいやお年玉のすべてをつぎ込んでいた。と、いうか野球カードで商売もしていた。(この話をすると長くなるのでまたの機会にする)

初めて球場観戦したのは1997年の巨人軍とヤクルトの試合で趙成珉選手がばったばったと三振を奪っていく姿にはとても痺れた。だから子供特有の思考停止で他のチームの特徴や成り立ちを知りもせず、なんとなく自分は巨人軍のファンなんだとそう思い込み、公言していた気がする。なにせ先ほど述べたように毎日巨人軍の試合がテレビ中継されている時代。学校でも巨人の話をしていれば話題ができたし、むしろ多数派であったしなぜに自身が巨人ファンであるのかなんて疑問にも思わなかった。

そんな私が巨人軍の中で一際大好きだった選手が一人いる。松井秀喜氏だ。もはや説明不要の実績を誇る松井氏であるが、毎年成績を上げていくその姿は本当にヒーローだった。

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少しの月日が流れ、中学1年の時に野球部に入部した。友達と遊ぶ時も野球のテレビゲームをすることがほとんどだった。巨人軍ばかり使っていてもつまらないので、なんとなくユニフォームがかっこいいからと渋くてかっこいい選手がたくさんいたので千葉ロッテマリーンズを使用することが多くなった。元来私は人と変わったことを好む性質ということもあり、まわりにマリーンズファンもいなかったことからこの時あたりからマリーンズファンを公言していくようになる。千葉に移転する前は川崎が本拠地ということもあり、※2ロジック的にも悪くない気がした。この年は、イチロー選手が海を渡りメジャーリーグという最高の舞台で首位打者・盗塁王を取得し松井氏もメジャーに、という風潮が高まっていた。

そして、この少し後に松井氏は本当にメジャーリーグに進出する。

この辺から私の中の野球観というものが変化していく。

どうにも、野球中継を見ていてもワクワクしないのだ。

いや、少し語弊がある。巨人戦を見ても、だ。

野球愛が薄れていたわけでは決してない。毎日チェックするマリーンズの試合結果にはワクワクしたし(この時マリーンズは4位が定位置だったので勝ったり負けたりが本当に楽しかった)好きな野球選手たちの個人成績を見るのも楽しかった。メジャーリーグの松井氏とイチロー選手の成績のチェックもワクワクしていた。

私はこの辺で明確に自分の感情に気付いたのだ。私は別に巨人軍のファンではない。自分で選んでファンになったわけでもない。ただ、巨人軍というコンテンツしか選べない環境で与えられてしまったものに満足して巨人ファンと思い込んでいただけにすぎない。私は巨人ファンではない。松井秀喜ファンだったのだ。なので松井氏がいなくなり巨人戦がワクワクしなくなったのだ。

人は与えられたものを受け取るだけでは成長できない。自分で選択し、その手につかまなければいけない。

こう気づいた頃から私は巨人ファンを公言することを止めた。感情を明文化することで、より人は確固たる意志が生まれる。こうして私はプロ野球ファンになった。マリーンズはファンのままだったが、主としてのファンではないという気持ちがあり、結果をチェックし勝てば喜ぶというだけであった。

また少しの時がたち、高校生になり私は硬式野球のプレイヤーとなった。

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プロ野球選手が使用しているものと同じボール。厳しい練習。遠征と合宿。さながら戦闘潮流なそのエキサイティンな日々にプロ野球観戦は生でもテレビでもまったくしなかった。高校球児にはこういう人がとても多い。本当に忙しく、野球を見ている暇がないのだ。ただし私はプロ野球マニアである。この時期も携帯を駆使し選手個々の成績や勝敗をチェックし、週刊ベースボールを愛読していた。

月日は流れ、戦いの日々が終わり私は大学生となった。

大学生は高校生の頃に比べ、使うことのできる資金と行動範囲が大きく広がる。余暇も増える。

友人たちと月一回程度野球観戦にいった。私の住む都心へのアクセスの良い神奈川県小田原市。神宮球場、東京ドーム、そして横浜スタジアムによく足を運んだ。セリーグに特に贔屓のチームはなかったが、どのチームにも好きな選手はたくさんいたし、高校野球が終わってからはただ単にレベルが高いプレイを見るだけでワクワクして、楽しかった。野球が見れればなんでも良かった。

特に、近くて空いてる横浜スタジアムにはかなりの頻度で足を運んだ。夏休みなんかは週一に近いペースで足を運ぶときもあった。この時の横浜スタジアムは本当に快適で、全然人がいないし事前予約しなくてもいけばチケット買えたしで言うことなしだった。

それともう一つ横浜スタジアムに行く理由があった。私たちの仲間で一人熱烈な横浜ベイスターズのファンがいた。彼が野球観戦を企画するので必然的に横浜での観戦が多くなったのだ。2007年から2010年の間に何度足を運んだだろう。

三浦選手の完投ピッチング、クルーン氏の160km、吉村選手のサヨナラホームラン、下園選手の選球眼。いろんなプレイを見て楽しんだ。

ファンのチームがないといってもやはり勝負事。どちらかのチームが勝利し、そちらかが敗北する。現地で試合を見るのならば感情移入してみたほうが楽しさは増える。

ベイスターズ側の応援席に座ってベイスターズの試合を見ているとなんとなくベイスターズの勝利を願っての観戦が多くなってきた。このころのベイスターズは暗黒時代真っ只中。毎年最下位。それもただの最下位ではない。5位のお尻も見えないくらいのダントツの最下位。

2009年ごろのことだ。これでも私はベイスターズファンということを公言せずにいた。と、いうのもなんとなくまだファンといえるレベルではないような気がしていたからだ。前述の通り、共に野球観戦をする仲間が熱狂的なベイスターズファンだったこともあり、そのレベルにまで達しないとベイスターズファンとはいえないような気がした。

になにをするにも最高峰を目指してしまう(かといって最高峰になれるわけではない)自身の悪癖でもある。

そんなこんなで横浜スタジアムに年に幾度も足を運ぶがベイスターズファンではないという状況が続いた。しかし、そんな私にもベイスターズファンになりうる転機が訪れた。

2011年の終わりの頃、当時の横浜ベイスターズの親会社がTBSからDeNAに変更されることとなった。このころは一般的にDeNAはモバゲーを運営する会社という認識でモバゲーベイスターズになるんじゃないかという憶測をなされ、モバゲーベイスターズをイメージしたユニフォーム画像まで作られた。

私は、モバゲーベイスターズになるかもしれないこと、大歓迎であった。近年ではだいぶそのイメージも薄れたが、プロ野球界はまだまだ新しいことやシステムの導入やITとの連携があまり早くはない。モバゲーを運営するような企業ならばそんなしがらみはなく、最新のシステムや自社のIT産業とからんだ運営をしてくれるのではないか、と。

実際にその目論見は当たり現在ではベイスターズの観客動員率はものすごい飛躍を見せたし、スタジアムやスタジアム周りの環境も大きな進歩を遂げた。

DeNAになってから導入されたシステムで私が一番気に入っているのはスマホのアプリにチケットを登録できるシステムだ。なんと紙のチケットいらずで、スマホのアプリ上でチケットの受け渡しができてしまうし、観戦した試合の記録も残る。チケットは紙で忘れてしまう可能性がある。しかし、このご時世よっぽどのことがない限りスマホなら忘れないし、忘れてもすぐに気づく。とても便利だ。

このようにDeNAになったことで数多くの恩恵があったが、私には一つだけ不安要素があった。

中畑清氏がベイスターズの監督になるという報道がなされていた。本当に失礼な話で見る目がない一野球ファンの戯言として聞き流してほしいのだが私は中畑氏が監督になることが不安だった。

中畑氏といえば、「絶好調」で知られる熱い男だ。だが、監督としての経験はアテネオリンピックで長島茂雄氏の代理監督を務めたことくらいしかなかった。

ベイスターズは弱い。そんな弱いチームを立て直すには素晴らしい監督経験のある人でないとダメなんじゃないかと。監督としてペナントレースを戦い抜いたことのある人でないとダメなんじゃないかと。そう思い不安を抱いていた。大丈夫かな、と。

2012年シーズンが始まり、ベイスターズはDeNAになったことによる快進撃を、ということはなく案の定負けの方が多い日々であった。しかし、いつもとは違うことがあった。それはメディアへの露出の多さだ。中畑氏は巨人軍に在籍していた経験からかメディア受けするパフォーマンスがうまかった。そして、ほんとうに熱かった。チームが負ければ悔しがり、勝てば心の底から喜ぶ。

そんな中畑氏を見ていると見ている方も感情移入し、負ければ今までより悔しく、勝てば心の底から嬉しくなった。

中畑氏はパフォーマンスとはいえ、演技ではないからこそ熱さが伝わってきた。

よくよく考えればそりゃそうだろう。だって中畑氏はこんなに負けるチームに所属していたことがないのだから、悔しくてしょうがないだろう。

そうして私は毎日毎日ベイスターズの勝敗をチェックするのが楽しみになり、人様にも堂々とベイスターズファンを公言することになった。

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2012年。まだたったの4年前。やはり恥ずかしいがにわかファンだ。

はてさて、巨人ファンを止めたというところでも書いたが、人は感情を明文化することにより、意志が確固たるものになる。ベイスターズファンを公言するようになってからの私はベイスターズファンとして振舞った。もちろんプロ野球全体は大好きで他の球団にも好きな選手はいて福岡までWBCの予選を観戦しにいったりもしたが野球界での優先度1位はベイスターズだった。

相変わらずベイスターズは弱いじゃないか、と言われたがそうではなく2012年、13年14年と順当に強くなっていった。5位のお尻が見える6位になり、5位になった。快挙だ。

そしてなんといっても極め付けは2015年。この時のことはよく覚えている。前半戦を首位でターンしたのだ。このまま首位は難しくとも、Aクラスは間違いない。初のCSだ。そう確信せずにはいられなかった。それは過去のデータでも示していたし、前半戦首位ターンのチームは最下位になったことがない。

だが結果はみなさんご存知の通り最下位。

前例を覆してしまった。だが、若い選手たちの活躍に翌年への希望はあった。

今年は中畑氏からラミレス監督に変わった。

4月は大きく負け越してスタートした。やはりいつもどおりか・・・こう思ってしまった。しかし、今年のベイスターズは違った。粘り、大型連敗の少なさなどから必死にくらいつき9月でもAクラスにいた。間違いなく去年の教訓も活かしペナントレースを戦っている。

それでも昨年の例があるのでまったく安心はできない。CSにいけるのか、いや、もしかしたらいけないのではないか。一進一退の戦いが続く。

9月19日。139試合目。歴史が変わった。ベイスターズは制度始まって以来のCS進出を決めた。それも完璧な勝利で。快挙だ。あの、負けられないヒリヒリした戦いを。数多くのドラマを生んだCSにベイスターズが出場する。楽しみでしょうかない。私は今年は仕事が忙しく、3試合しか観戦にいけていないがその全てに勝利している。CSはいまのところ、1stでいくつか観戦にいけるかというところ。ファイナルはおそらく無理だろう。日本シリーズならいける。

日本シリーズにいける可能性は、まだある。がんばれ!ベイスターズ!!

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追記

このブログを書き始めたのがCSの進出が決まってからであったが、想定していたより多くの文章量を書いてしまったため、述べ3日間ほどかかってしまった。

そんなおり、ベイスターズの大エース、ハマの番長三浦大輔投手の引退の西ュースが飛び込んできた。このことについて言及するとまた倍くらい記事を書かなくてはいけなくなるためここではただ一言「悲しい」とだけ述べておく。しかし、言いたいのはこのことではない。

実は、私は永らくベイスターズと共にBクラスにいた今年のセ・リーグ優勝チーム広島東洋カープにある種のリスペクトを抱いていた。

個性的なグッズや特集、カープ女子、雰囲気のいいスタジアムなどなど選手の補強をほとんどすることなく、まっとうな努力で少しずつステップアップし今年ついに優勝を果たした。

私はクライマックスシリーズという制度が大好きで、盛り上がるし素晴らしいと思うが今年は広島東洋カープが日本シリーズに順当に進出し、日本一になってもらいたいなぁという感情まで抱いていた。

しかし、三浦投手が引退するならそうもいっていたれない。広島東洋カープに気を使う必要なんてそもそもハナからない。なんとしてもベイスターズにはCSを勝ち進んでもらい、三浦投手にもう一度日本一を味あわせてほしいものだ。

1998年 。あのころ私は前述の通り巨人軍のファンであったがベイスターズの38年ぶりの優勝、そして日本一の熱狂をよく覚えている。横浜が、いや、神奈川県が盛り上がった。しかし、恐るべきやDeNAのマーケティング。今年の集客数はそんな98年を上回っているという。勢いはこちらも負けていない。日本一で有終の美を!!

追記の追記:名球会という制度がある。200勝または2000安打または250セーブで入会できるあの制度だ。最近は分業制が確立され、投手の200勝は難しくなっている。三浦投手も届かなかった。2000奪三振も入会基準になれば三浦投手も入会できる。2000奪三振、だいたい2000本安打と達成の難易度的に近いものがあるような気がする。どうでしょうか・・・

※1当時は、テレビ中継の影響でこのような人が本当にたくさんいた。

※2私はロジックなくして物事が起こせない。

UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

隙あらば自分語りシリーズ

「スターウォーズの思い出」

「エナジードリンクの思い出」

「ドン・キホーテの思い出」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.3

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.3

湘南ゴールドエナジーパートナーズ vol.3

「Cycle Days」

vol.3の今回は湘南ゴールドの生産地である小田原市に2016年に誕生したサイクルショップ『サイクルホームドクター』Cycle Days」

Cycle Daysの入り口は、容易に見つけることができない。店があるはずの場所に行っても、看板が立っているだけだ。

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なぜか。

Cycle Daysは、その看板を奥に進んだビルのガレージ内が店舗だからだ。

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ガレージ内には所狭しと商品が並んでいる。

男なら誰もが憧れたことのある秘密基地。

そんな場所で、営業を行っている。

店主の佐々木亮氏も黄金の体験を数多く重ねる人物。かつては遠くナミビアに行き、バイクメカニックのスキルを教えていた。

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佐々木氏は、自転車がライフスタイルにもっと密着していくことが、世界を救うことにつながるとまっすぐな目で語る。佐々木氏はとにかくポジティブ。

ガレージという場所柄、先日は大雨で店内にたくさんの水が流れ込み、浸水してしまった。

しかし、そんな状況も楽しみ、浸水記念セールにしてしまう。

Cycle Daysは、店舗としての機能以外にコミュニティスペースとしての機能もある。

店内にある大型モニターを使用したものを今後企画したり、現在は土曜の朝にフィットネススクールなども開催されている。

自転車を通して人と人を、街と人をつなげるCycle Days。

開店したばかりだが、すでにリピーターも多い。

佐々木氏が熱心に説明を行ってくれるので、これから自転車を始める初心者にも安心。

出張メカニックも行っているので、通常の店舗とは少し違う営業スタイルなので、店舗を訪れる際は事前にホームページやFacebookページで営業時間の確認が必須。

Cycle Daysを通じ、黄金の体験を。

もちろんCycle Daysでも湘南ゴールドエナジーは購入できる。店に入り、すぐ横にある冷蔵庫で販売している。湘南ゴールドエナジーはCycle Daysを訪れる自転車乗りたちの間で好評。

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冷房の無い暑い店内。

湘南ゴールドエナジーで、水分とエネルギーを補給しよう。

CYCLEDAYS(サイクル・デイズ) 

■住所

〒250-0011

神奈川県小田原市栄町3-4-17 相湘11栄町ビル B1F

■営業時間

金曜日   11:00~20:00

土曜日   11:00~20:00

日曜・祝日   11:00~18:00

月曜日   11:00~20:00

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.1The Boots Blood

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.2「デニムマン」

SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.1「早朝金時山登山」SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.2 「Craftmanship 」

湘南ゴールドエナジーとは

湘南ゴールドエナジーがドン・キホーテで買える。

ニューアキンドセンターで紹介されました。

SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.1 黄金の体験「早朝金時山登山」

SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.1

黄金の体験「早朝金時山登山」

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神奈川県西部にある金時山を知っているだろうか。

別名足柄山。そう、あの金太郎が生まれた山。

標高は1213メートル。決して大きな山ではない。けれども低い山ではない。

この山の登山をする人々は、普通の登山と違う楽しみ方をしている人々が多くいる。

その楽しみ方とは、たくさん登るということ。

毎日登っている人も数多い。どころか、仕事前に登っている人も多くいる。

山頂にある金時茶屋にはノートが置かれており、そのノートには登った回数、名前、住所などを記入することができる。

金時茶屋の中にはたくさんの札が掲示されている。

その札には金時山に登頂した数と名前が記されている。

1000回超えどころか4000回を超える猛者もちらほら。

同じ山に4000回以上登る。同じ行動を4000回以上行う。登山に限らず、そんな体験をし続けている人たちはいったいどのくらいいるのだろうか。

それほどの魅力が、金時山にはきっとある。

登りやすさもこの山の魅力。

足柄峠から1.5km先のゲート前まで車で行き、そこから登ると1時間かからず登ることができる。

仙石原の金時神社からも短い時間で登ることができる。

しっかり登りたい人には夕日の滝からのコースもある。

清々しい空気の中で、仕事前に山に登る。これぞ、黄金の体験。

今日も金時山には黄金の体験を求めて多くの人が登っている。

金時山に登る前には24時間営業のマックスバリュ開成駅前店で湘南ゴールドエナジーを購入し、体力チャージ。

SHONAN GOLD ENERGYは黄金の体験をサポートする。

我こそは黄金の体験をしている、という方はTwitterまたはFacebookページより連絡を。

湘南ゴールドエナジー公認の黄金の体験には取材を行い、紹介。さらに湘南ゴールドエナジーオリジナルグッズプレゼント。

湘南ゴールドエナジーとは

湘南ゴールドエナジーがドン・キホーテで買える。

ニューアキンドセンターで紹介されました。

足柄梨秘話 久野編

昨年8月に発売した吉田島レモンサイダーに続く、足柄サイダーシリーズ第二弾をこの度企画しました!

その名も足柄梨サイダー。サンプルを飲みましたが、ちょっと美味しすぎてびびっています。早く、みなさんにもお届けしたいです!現在最後の仕上げに入っておりましておそらく3月には市場に出回るかと思います。マジで期待してください!今回の梨も吉田島総合の生徒たちが栽培したものです。

で、足柄梨、以外と知名度がないということで前知識として、何回か足柄梨についての秘話をご紹介します。今回は久野編!いつも青壮年部でお世話になっている興津先輩の梨を紹介します!

みかん、梅、キウイフルーツなど様々な果樹の産地として知られる小田原。

実は古くからの梨の産地でもあり、「足柄梨」という名前で栽培と販売がされてきた歴史がある。その歴史は古く、明治時代より続く。主に足柄梨はどちらかといえば郊外の曽我地区が有名。夏に国道255号線を車で走っていると、梨の直売の看板が目につく。

足柄梨は、まちからほど近い久野の農家でも栽培を行っている。農家の名は興津智昭氏。様々な果樹を栽培する若手農家だ。若手といっても、農業歴は長く、その腕は確かで直売所にはひっきりなしに梨を買い求める客の姿が絶えない。取材中も何人もの来客があった。直売所では梨以外にも、足柄茶、梨を使用したジャム、焼肉のタレなどを購入することができる。

 自慢の梨は農協が主催する品評会での入選経験もある。

 現在は品種改良も進み、梨もいろいろな時期に食べられるようになったが、興津氏の園では昔ならなのオーソドックスな幸水という品種を主に栽培しており8月いっぱいでその殆どが終わってしまう。

 興津氏の梨が購入できる興津農園の直売所は梨の期間の8月中は毎日10時より18時まで休みなく営業中。

冬にはみかんなどの直売も行われる。この機会に、足柄梨を味わってみよう。

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おだわら駅伝2016 酒匂9連覇!!

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おだわら駅伝、酒匂9連覇

1月17日(日)自治会・企業対抗の第9回おだわら駅伝(第66回小田原市内一周駅伝)が開催された。レースの注目は、この大会前まで8連覇中の酒匂地区をどこかの地区が止めるか、それとも酒匂が9連覇を成し遂げるのかということ。

2014年よりコース変更がなされ、中学生の1名以上の参加が義務付けられたことと長い距離の区間が増えたこともあり、年々上位チームが酒匂を追い詰めていることからどこが優勝してもおかしくない展開だった。 私は酒匂に勝ち、優勝の座を射止めることがあるとすれば国府津ではないかと踏んでいた。

全体的に若いチームであり、地域で陸上が盛ん。そしてなにより一人の大エースがいることだ。駅伝はチームスポーツであり、なによりどんなに速く長く走れる選手でも、決まった距離しか走ることができない。である以上、一人の大エースがいたとしても、できることは限られている。 しかし、大エースの存在は、それ以上にチームのメンバーに勇気を与える効果がある。国府津地区のエースの名は樽木将吾。

おだわら駅伝のエース区間とも称される6区の区間記録を持つ実力派のランナーだ。 結果として、今回のおだわら駅伝は優勝は酒匂。9連覇を果たした。注目した国府津は2位。そして3位が桜井。

しかし、2位の国府津は酒匂に7秒差と紙一重でもあった。 樽木選手がスタート前に描いていた青写真は、6区終了時点で、2位に決定的な差をつけ、そのままゴールまで逃げ切ることであったという。 先頭と約1分差で襷を受け取った樽木選手は、「行ける。」と確信していた。 田島山の頂点まで登りきる手前で首位を奪うも、酒匂のランナーも食い下がる。 襷を渡す直前、酒匂の猛スパートに抗えず、秒差で2位での襷リレーとなった。 また、7区、8区の選手も区間一桁の順位で精一杯走りきったが、念願であった酒匂を抜くことは叶わず、7秒差の準優勝となった。樽木選手は昨年と同じく区間賞であり、見事期待に応える走りをしたと言える。しかし、樽木選手は満足していない。思い描いた理想どおりの展開で7区への襷リレーができなかったことがチームの敗因へと繋がってしまったと悔しがる 。樽木選手だけではない。今回の準優勝に満足している者は、国府津チームにはいなかっただろう。「優勝との差、7秒。」 たった7秒差。 反省会では、落ち込んでいる者の姿は見られない。しかし、その秒数は約50メートルを表し、短いようで長い時間。けれども1人が1秒縮めていれば勝てていた。国府津が酒匂の連覇を止めることは決して難しいことではない。国府津地区の反省会では、落ち込んでいる者の姿は見られなかったという。なぜなら、樽木選手を含めた皆の目は、すでに次回のおだわら駅伝の方向を向いていたからだ。 ただし、酒匂も若いチームであり、もちろん来年もさらにレベルがあがるだろう。来年は酒匂が10連覇を果たすのか。国府津地区が連覇を止めるのか。それとも、他の地区が躍進するのか。いまから楽しみである。

 

そして芦子Bチームの6区で走った私はというと、散々な結果だった。

6キロ26分10秒。20人中19位。調子は悪くなかったし、大好きな下りを気分良く走れた。しかし、タイムと順位は無情だ。

正直よくもまぁ163センチ73キロのこの体でここまで走れていると自分では思う。ただし、これはあくまで自分の中で、だ。これが個人レースなら頑張ったで終わりだが、駅伝はそうではない。結果としての順位が重くのしかかる。

今年、通算10回出場でトロフィーをいただくことができた。これは誇りだ。しかし、これから先も走りたいならもう少しだけ、甘えをすてなければならない。

満足はしていない。来年はもう少しだけちゃんと走れれば。毎年こんなことを言っているが、果たしてどうなるだろうか。15回表彰は満足のいく結果で迎えたい。

全結果

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箱根駅伝を応援するこやわた会2016

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小田原のみならず、日本中のお正月の一大イベントといえば箱根駅伝。毎年沿道には県内外から多くの人が観戦に訪れます。

かくいう僕も、毎年選手が来る2時間前から中継所のメガネスーパー前に陣取っています。今年は、縁があり知り合って協力させていただいている「箱根駅伝を応援するこやわた会」を準備から手伝い、一緒に観戦させていただきました。

箱根駅伝を応援するこやわた会は全校満遍なく応援している唯一の応援団体。観戦客にもちつきや甘酒を振る舞うなど、毎年大盛況。なんと11年目。

こやわた会では、特定の大学だけでなく、出場全校からの旗を集まり、道路に一斉に掲げます。

さらに地元の太鼓保存会が演奏することもあって、走る選手たちにも多少は聞こえたのではないでしょうか。

また、例年の目玉としての箱根駅伝出場校から提供されたオリジナルグッズが当たる大抽選会にも観戦客が集まります。特に箱根駅伝の常連、駒沢大学の帽子は多数提供されたのか、たくさんの人が当選し、かぶっていました。駒沢監督といえば、キャラクター性も抜群の大八木監督が有名で小田原にもファンが多く、当選した方々は喜んで帽子を被り、駒沢大学の旗の前で記念撮影などをしていた姿が印象的。僕も大八木監督の熱い叫びが大好きです。

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こんなにたくさんの商品が集まるのも、10年以上続けたこやわた会と大学の信頼関係がしっかりとあるからですね。

レースの行方はというと、青山学院大学が途中から独走し、往路、復路共にレースを制しV2。2位の東洋大学に約2キロ差と力を見せつけた。しばらくは箱根駅伝は青山学院の時代かもしれません。

さて、レースが終わったあとも箱根駅伝フィーバーは少しだけ続きます。生で見た一流選手たちの実力に感化されてか、市内ではランニングしている方が一時的に増える傾向にあります。自分の印象ですが笑

子供達の姿も見受けられ、彼らの中から未来の箱根駅伝選手も出るのではないかと期待できますね。ちなみに僕はほぼ毎日走っていますので、逆にこの日走って箱根駅伝に感化されたと思われるのが少しだけ嫌です笑

そんなこと思っている人はいないかもですが笑

1月10日には真鶴半島駅伝、1月17日にはおだわら駅伝、3月には尊徳マラソンやオレンジマラソンなど大会が目白押し。

箱根駅伝だけでなく、こちらもぜひ沿道から声援を送ってみてください!

正月登山のすゝめ 金時山・明神ヶ岳

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お正月こそ登山。僕はこの5年間のうち4度ほど元旦に登山をしています。基本正月以外もいつでも登ってます。誘っていただければいつでも山にみなさんをお連れします。

さて、お正月と言えば欠かせない初日の出。皆さんはどこで初日の出を拝んでいますか。大晦日のお酒が残り、夢の中で初日の出を拝むという人も多いかもしれませんね。

しかし、やはり1年の最初に初日の出を見て気持ちを新たに目標を立てることによって、大きくその年の過ごし方が変わってくるというものです。

普段は日の出る時間に寝ている人も、このときばかりは日の出を見てみませんか。

初日の出は見る場所もとても重要です。なにも遮るもののない高い場所からの初日の出はまた格別。

今回は過去にブログで紹介した「金時山」「明神ヶ岳」での初日の出を拝むポイントや注意点などをお教えします。お正月に山を登るときの参考にしてみてください。

小田原から登れる地元登山で代表格なこのふたつの山は低山で短時間で登れ、なおかつ景色も富士山と街が一望できて最高ですが、手軽な山とはいえど、やはり冬山。気をつけないといけないことが多々有ります。

金時山は普段登る場合、車で足柄峠を越えてギリギリまで山に近づき、片道1時間かからないコースがおすすめ。しかし、例年12月下旬には雪が積もります。

小田原人は雪予報の天気予報でもだいたい雨ということでとかく雪への耐性がついていません。ここらでは珍しいくらい峠のほうでは雪が深くなりいつもと同じようにギリギリまで車でいくことは絶対にやめましょう。ではどこから登ればいいのかというと、峠よりはだいぶ下に位置する地蔵堂から。

ここであれば、小田原と気候に大差もなく、安心して挑むことが出来ます。しかし、山頂からは距離があり、2時間半から3時間は見ておく必要があるので初日の出を目指す場合は、必然的に真夜中の出発。

必ずヘッドライトを装備しましょう。ヘッドライトというと少し敷居が高く感じるかもしれませんが、ワークマンで1500円程度あればLEDのものが購入できます。雪があるといっても、特別深いわけではないので、靴は雪山用のものやアイゼン(靴につける歯)はなくて大丈夫です。

そして山頂につくとたくさんの人の姿に驚くと思います。実は金時山の山頂では毎年元旦に日の出とともにお隣静岡の小山町が毎年デザインの異なるピンバッチを無料で配布しています。しかも、金太郎のゆるキャラの着ぐるみまでいるおまけつき。

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このピンバッチ、ファンが多くコレクターも存在するので欲しい方は早めに行って並んでおくと必要があります。登っている間は暖かいですが、山頂で待っている間はかなりの極寒。防寒対策も過剰なほどしておいて損はありません。

もうひとつの地元登山スポット、明神ヶ岳。

実は僕的にはこちらでの初日の出のほうがオススメ。

以前、紹介したときは市内の久野からの登山を推奨しましたが、お正月登山として推奨したいのは南足柄市最乗寺からのルート。最乗寺はこの辺では一番の初詣スポット。普段は車で直接行けますが、元旦から三日ほどは、途中の道路から通行止めになっているので、駅からバス(正月は夜中も運行)または富士フィルムのグランドの臨時駐車場から運行されるバスに乗っていきます。並み居る初詣客を横目に、初詣をせず。奥の院横の登山口から明神ヶ岳山頂を目指します。

こちらも所用時間が3時間ほどなので、金時と同じようにヘッドライトなどは必須。このルートは木が多いからか、日当たりの影響か金時よりは雪も少なく歩きやすいです。けれどそのぶん金時はたくさん人がいるのでなにか事故があっても助けを呼べますが、こちらはそれができないので注意してください。頂上に着くと、金時山の喧騒とは違い、人がまばらにいるだけ。

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だけど、それが良いんです。落ち着いて初日の出を見ることが出来ます。

また、下山したあとに初詣を改めて最乗寺で行い、出店の食べ物で栄養補給をす

ることもできますし、最乗寺からは歩いておんりーゆー(温泉)もるので、初日の出からの初詣、初風呂と正月を満喫できます。そのあと温泉で仮眠して一杯、なんてのはもう至福のとき。

金時山と明神ヶ岳。どちらも甲乙つけがたい名山です。

初日の出で色鮮やかに映し出される富士山。これだけで新年から縁起がいい気がしますね。今年の初日の出は是非山頂で初日の出を見て一年の計をたててみませんか。

健康麻雀放浪記2

神奈川県西部唯一の健康雀荘「ピア」で開催された大会の記事を書きました。

雀荘に集まった参加者の数、実に40人。雀荘内の雀卓はすべて埋まり、満員。麻雀を楽しむ人々の真剣な空気で雀荘内が満たされた。

12月10日(木)健康麻雀「ピア」にて第一回となる湯河原温泉麻雀大会(主催:湯河原町商工会、湯河原温泉観光協会、湯河原温泉旅館協同組合)が開催された。

この大会は温泉旅館に欠かせない娯楽の一つである麻雀を活用して湯河原町の温泉を盛り上げようという取組の一環。麻雀は麻雀でも、一昔前の「賭ける・飲む・吸う」ではなく、「ピア」が普段より提唱している「賭けない・飲まない・吸わない」を合言葉にし、知的な頭脳スポーツとしての麻雀を前面に出した健康麻雀だ。参加者はほとんど湯河原町内から集まった。参加者は事前に決められた卓を廻り3半荘ほど打った後、その合計の点数に応じてレベルの近しい人同士で1半荘打ち、計4半荘の合計点数を競う。順位ウマとオカもないので、1半荘、1局、1打が意味を持ち真剣さに拍車がかかる仕組みだ。

大会が始まるまでは和気藹々とした空気に包まれた雀荘内だが、始まってしまえば健康麻雀といえども参加者は勝負師の顔となる。そして1戦戦い、大局が終わると「もう終わりー?」「こうすればよかった~」などと和やかな空気に戻り、また次の勝負の席へと移動する。そのギャップが勝負とコミュニケーションのメリハリがしっかりとついていた。

参加者40人のうち28人は普段からピアで打っている健康麻雀の会員ということで、ピア内に貼ってある「麻雀はギャンブルではなく、スポーツ」という言葉が染みついている印象を受けた。また、健康麻雀の会員が非会員に「健康麻雀とは・・・」と説明をしている姿を見受けられた。非会員の参加者達のなかでは、今回新聞などで広告を見て10年ぶり、20年ぶりに牌を握ったという人たちも多かった。話を聞くと「お金を賭けない麻雀なんて真剣に出来るのかと疑ったが、実際に打ってみるとやはり勝ちたいという気持ちもあり、夢中になってやってしまう。ピアのような場所があれば、気軽に麻雀を打つことができる。これを機にまた麻雀をやりたい。」などとまさに健康麻雀の神髄を表しているような好印象なコメントが多かった。麻雀は、囲碁や将棋と違い、運しだいで初心者でも、ブランクがあっても、トップをとれる可能性のあるスポーツ。男女差もなく、今回の大会で上位に女性が多く、最終的な点数結果も1位から40位まで、大きな手を上れば一気に順位が変動する差とあってまさに麻雀の神髄が凝縮されたような大会であり、40年前にあったという麻雀ブームが高齢化、未病などと結びつき、今だからこそ最ブーム化する前夜という感じがした。湯河原といえばオレンジマラソンだが、そのうち健康麻雀の聖地としても呼び声が高くなる日も夢ではないかもしれない。

ちなみに余談ではあるが、記者の順位は40人中37位。最終戦前までは真ん中より上の順位であったが、最終戦はこの素晴らしい大会をどう記事に仕立て上げるかで頭がいっぱいで麻雀に手がつかなかったことを言い訳しておこう。

上位者

1位 井出 正美

2位 及川 毅一郎

3位 中村 明子

優勝した井出氏の言葉 「高校の時から麻雀をはじめたが、途中20年以上ブランクが開いていたところ、半年ほど前に知人から誘われて健康麻雀をはじめた。こういう大会は好きでピアの大会もいつも楽しみにしている。」とのこと。

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DyDoドリンコ×小田原絵巻 小田原絵巻自販機が登場

DyDoドリンコ×小田原絵巻 小田原絵巻自販機が登場!

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昨年8月より展開している小田原由来のいろんなモノ・コトを公募にて集め、イラストレーター漆川世文のデザインによりキャラクター化する企画。

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 http://odawaraemaki.com/

昨年10月より、地域の日刊紙神静民報さんで小説版の連載が始まり、オリジナルグッズも登場。本丸売店と鈴廣さんのかまぼこ博物館で販売を行っており様々な展開がなされています。

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そんな小田原絵巻ですが、またまた新展開!なんと、自動販売機になっちゃいます!

実はこの話、春先から進めておりまして、ついに実現する運びとなりました。

森永牛乳小田原販売よりこれから設置されるダイドーさんの自販機にてラッピングされます。

思えば、私の家の前にはダイドーさんの自販機があり、学生の時分に仲間と我が家で麻雀するときはいつも量が多くて美味しい炭酸のクリスタルレモンを飲んでいました。

仲間は、これまた量の多いダイドーさんのアメリカンコーヒーとか、本格派のデミタスコーヒーとかを飲み、バイト場にもダイドーさんの自販機があり、就職してからも事務所の前のラーメン屋にもダイドーさんの自販機があり、と、縁があったダイドーさんの自販機と小田原絵巻がコラボすることはなんだか不思議な感じがします。

自販機の側面や正面には小田原絵巻のキャラが散りばめられ、見る人たちが小田原になにがあるが一目でわかる楽しいデザインとなっております。自販機に貼り付けるキャラはその都度選択可能!自販機設置場所にあわせた楽しいキャラが新登場する可能性も!

絵巻自販機すずろ

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第一弾は小田原市栢山の「ばぁ~ばのキッチン」に設置予定!

その後、第2、第3も続々市内に登場予定!

日刊神静民報にて連載中の小説版も1周年を迎えますますパワーアップ。2016年も新企画が続々の小田原絵巻を是非宜しくお願いします!

小田原絵巻自販機プレスリリース配布用完全版

農業の隠れた問題2

農業の隠れた問題2

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前回は鳥獣による被害について書いたが、実は農業の隠れた問題ではもうひとつ大きな問題が存在する。この問題の性質の悪いのは有効な解決策が無いと言うことだ。厳密に言えば無いことは無いが、そこまでやってしまうのかということにもなりかねない。
その問題とは人による害のことだ。
もっと分りやすくいうと農産物の盗難被害。つまり泥棒が畑には日常茶飯事でやってきている。
私の畑はとても立地が良い。見晴らしがよく、畑に面する道路もとても広い。お題市内の片浦や曽我の山では運転するのが恐ろしくなるような道路も存在するなか、これは畑を続けていくことの好条件の一つだと常々感じている。
しかし、この好条件が仇となっている。
道が良いということは、言い換えれば慣れていなくとも誰でも来ることが出来るということだ。
だからなのか、もうずっと以前から私の畑では盗難が多い。大根や、生姜などは収穫出来るようになった矢先から盗難にあってしまう。それも一本や二本ではない。物凄い数が盗られることもある。スイカの苗を植え付けたその日に持っていかれたこともある。
収穫し、出荷までコンテナに入れておいたミカンが大量に無くなっていたことさえある。例をあげればきりがない。
あまりに惨く、やりきれない思いだ。
私の祖父は対策として、泥棒に対しての注意書きをした看板を立てていが今のところ効果はないに等しい。それもそのはず。注意して犯罪の発生が収まるならば、世の中の犯罪はとっくに無くなっているだろう。
実際に警察に捕まり、法の裁きを受けなければいけない。私は盗難への対策として、実際に畑の小屋に泊まり込み、一晩中見張りをしようかと考えたことがある。しかし、結局実行しなかった。この案を先輩農家に相談したときに言われたことがもっともで恐らく効果は発揮できないだろうと思ったからだ。
先輩よりご助言頂いた内容として
例え捕まえることが出来たとしても、犯人がもしもやけになって抵抗してきたとして、こちらが大怪我をしてしまったら割りに合わない。もしくは、うまく捕まえられたとしても、自然に生えてるものだと思った、知り合いに持っていっていいと言われていて畑を間違えてしまった等々見え透いてはいるが、立証の出来ない言い訳を言われてしまえばそれで終わりでたいした罪にはならないだろう。
本気で様々な案を巡らせればなんとかなるかもしれないが私達は警察ではない。そればかりやっていれば肝心の本業が確実に疎かになってしまうし、収入にならず人への憎しみばかり募る仕事なんてただ虚しいだけだ。
そう、畑での盗難は現状ではほとんど泣き寝入りしているしかないのである。
そういって有効な対策が出来ないまま何年も過ごしていると今年の夏にとても悲しい事件が起きた。春先に購入し、少し大きくしてから植え替えようと思っていたミカンの苗木の10本中8本が盗難されてしまった。そのことを仲間と情報共有したら同じ道沿いにある仲間も盗難されたとのことであった。それもやはり、複数の本数をだ。1本や2本なら一般家庭の方が盗難していったのだろうと推測することが出来るが、この本数の木を植え付けるのは間違いなくプロの仕業であろう。
これだけではない。前述の通り、我が家の畑で常日頃から盗難に合っている大根やミカンなども常識では一般家庭では消費できない量が盗難にあっている。この量を捌くということは販路がなければとてもではないが無理だろう。となるとやはり、プロの盗難者が存在するということは否定できなくなる。
考えたくはないことだが、農業者またはそれに近い職種に盗難者がいるのではないか。
もちろんプロの盗難者だけではない。
詳しくは書けないが、私は以前とある場所でスポーツに勤しむ方々が、畑になるミカンを美味しそうだといって味見しようとしているところを目撃した。もちろん止めたが、残念そうにしている彼らには悪いことをしているという自覚は微塵も感じられなかった。とてもさわやかで好感の持てる雰囲気を持ちつつも、畑にある農産物はどうも農家の大切な商品ではなく、自然の恵ととらわれているようなのだ。その方々は「一つくらいいいんじゃ…」と言っていたが、考えてみてほしい。それを各々が「一つくらい」でとっていってしまったら一体どうなるのかを。なぜ自分だけいいだろうと考えてしまうのだろうか。自分だけと思う人が積み重なり、農家は泣いている現状を知ってほしい。畑は自然にあるものと純粋に信じている人もいるかもしれないが、畑はあくまで農産物の生産工場なのである。農家が投資をして、苗木を植えて、育てて、やっと商品を販売できるまでにした大事な仕事場。そこから一つであろうと農産物をとるということは万引きなどと同じ立派な犯罪である。
農業は経済活動ということも、もっお教えるべきで知るべきだ。
人による害は盗難だけではない。私の畑にはよく粗大ごみや雑誌が放置されていることもある。鳥獣害と違い、あの手この手の農家への妨害が人の手により行われている。落語の「王子の狐」にもあるように、一番怖い動物はやはり人。だからこそ各人のモラルや自身を律する心が必要なのである。

あっという間にミカンの収穫の季節。次回は収穫の際におこる問題について披露する。