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梅丸復活秘話3


梅丸—。

梅の侍。小田原が梅が名産で、侍がいた城下町ということが一目でわかる。私はご当地キャラというのは基本的にその町になにがあるかわかった方がいいと思う。もちろん、くまもんのようにそこになにがあるかを表していない事例もある。

むしろくまもんのほうが熊本県のどのプロモーションにも活用できて場合によっては、いいのかもしれない。

しかし、くまもんはちょっと事情が違う。くまもんの場合は、有名プロデューサーがプロモーションを担当し、当初は熊本でのプロモーションではなく、人が多く集まる大阪での活動を行い、グッズもたくさん出し、テレビにも登場。いわゆる全国展開まで視野にして芸能人的な売り出し方を行っていた。

その結果はみなさんご存知の通り大成功し、いまやくまもんのことを知らぬ人はいないといっても過言ではないだろう。

しかし、このやり方はどこの自治体もできるわけではないし、同じやり方をしてももう遅い。

ご当地キャラは必ずしも全国へ飛び出ていくのが成功例ではない。

その土地に来た観光客がご当地キャラを目にして、何が名産か一目でわかり、関連したものを購入したり見たりする。それもまたご当地キャラの成功例であろう。その点に関して、冒頭にも書いたように梅丸には小田原になにがあるのか一目でわかるデザインとなっており、優秀なご当地キャラだと言えるだろう。

前置きが長くなったが、梅丸がどのように衰退し、そしてまた復活したのかに触れる連載梅丸秘話第3話。

前回書いたように、実にたくさんの梅丸グッズが作られた。

私は以前、梅丸の調査を行う中で、とある床屋さんを訪れた。ここのカウンターには梅丸人形が飾ってあった。店主も、梅丸の思い出を語り、もう一度、復活させてほしいと言った。他にもたくさんの声を聞いた。梅丸の復活を願う人々ばかりだった。梅丸が復活する前のことである。

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グッズだけではない。キャラクターといえば着ぐるみ。現在は復活し、いろんなところに梅丸が現れているが、実は当時も着ぐるみは作成されている。本日掲載されている写真は当時の小田原市の広報誌のものだ。梅丸の着ぐるみがたくさんの笑顔の子供達とともに写っている。着ぐるみだけではない。子供達の手に持っているのはなんと梅丸の顔を模した風船だ。他にも、当時の広報誌には、市長が梅丸に模したイラストなども掲載されていた。(小田原市の広報誌のバックナンバーは、小田原市ホームページより見ることができる。)

このように、梅丸誕生当時は本当に、フィーバーしていたのだ。しかし、いつのころからか、梅丸は姿を消していくことになる・・・続く


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