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梅丸復活秘話1


梅まつりで賑わった2月の曽我地区。

土日には梅丸の着ぐるみが現れた。どこの市町村にもキャラクターがいることが当たり前になった昨今でもやはり着ぐるみが現れれば嬉しいものなのだろう。子供たちだけに限らず梅丸には記念撮影を求める来場者たちが後を絶たなかった。私は、その光景を見て様々な思いが巡った。今はこうして当たり前にイベントのたびに姿を現し、場を盛り上げている梅丸であるが、運命のあや次第では着ぐるみがこうして存在することもなく、歴史の間に埋もれたままスポットを浴びることなく市民に忘れられていくにすぎなかった存在。くまもんやふなっしーが登場するよりはるか昔、1990年に誕生し、一度は埋もれてしまった梅丸は一体どのようにまた表舞台に立つことが出来たのか。

世にも珍しい「復活したご当地キャラクター」である梅丸の記録を今日より平日のみ短期連載で紹介していく。

梅丸は1990年2月に市制50周年で開催されたときめき小田原夢まつりのキャラクターの公募にて選ばれた。応募総数は296点。選考基準は「小田原らしさ」と「90年代による新しさ」であった。応募については、市内に留まらず、県外やはたまたアメリカ、中国からもあったという。(一体、インターネットもない時代にどのように世界中に周知できたのだろうか?)その結果、兵庫の羽山二郎氏のデザインが選ばれた。それが現在の梅丸だ。余談だが、羽山氏は2009年には岐阜県の笠松町のマスコットキャラの公募にも選ばれている他、様々な町のキャラクターを手がけている記録があるので、恐らくプロのデザイナーではないだろうか。その後、1990年4月には別に名前の公募があり、「梅丸」に決定した。ちなみに私は2年前に上曽我の梅林にて、梅丸の名付け親だと名乗る男性に声をかけられたことがある。

その男性の話によると梅丸という名前は一人が応募したのではなく、複数の応募があったとのことでなるべくして梅丸という名前に成ったのだろう。こうして「梅丸」が誕生した。

続く


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