足柄梨

足柄梨秘話 歴史編


久野編はこちら

いよいよ今月末に迫ったUMEMARU Inc.がプロデュースする吉田島レモンサイダーに続くご当地サイダー第2弾「足柄梨サイダー」。

実は小田原の鬼柳や足柄上郡大井町は伝統ある梨の生産地で、昔から「足柄梨」という名前で呼ばれ(品種名ではありません)ファンも多く、親しまれて来ました。

前回の吉田島レモンサイダーは、「吉田島総合高校(元吉田島農林高校)」の高校生たちが丹精込めて栽培したレモンを使ったサイダーでした。

このサイダーは地域や農産物をPRする商品というより、高校生の栽培した農産物というストーリーが主。

しかし、今回は「足柄」の地名を冠した商品ということで新たなストーリーで地域のファンが増えることを目指しています。

さて、知る人ぞ知る足柄梨ですが、そもそも足柄梨とはなんぞや、ということで今回は足柄梨の歴史についてご紹介します。

 

足柄梨写真2

足柄梨とは、神奈川県西部で生産された梨のことをいいます。上でも書いた通り、品種名ではなく、この地域で生産された梨の呼称です。 天保時代(1830年から1843年)にまとめられた年間に既に現在の山北町で梨の栽培がされていた記録が残っています。

ただし、この頃にはまだ足柄梨とは呼ばれてはいなかったようです。

足柄梨と呼ばれるようになったのは明治の末頃から大正にかけて。

大正9年には梨の組合が作られました。ちなみに私は約100年の樹齢の足柄梨の木を見せていただいたことがあります。

この組合の初代組合長は河野治平氏。 なんと現在国会議員を務める河野太郎氏のご先祖さまで当人も県会議員を務めいていたそうです。

現在栽培されている足柄梨の種類は主に幸水・豊水・長十郎などを栽培している方が多いのではないでしょうか。中には愛宕という冬に食べれる大型の梨を栽培している方もいます。

梨の栽培には水がたくさん必要ということで綺麗な地下水がたくさんある足柄地区はまさにうってつけだったのでしょう。 梨の時期になると大井町を走る国道255線などで梨の直売の看板が目につき、美味しい足柄梨を食べることができますので、夏には是非食べてみてください。

足柄梨を使った加工品は現状多くはありません。

現在インターネットで出てくるのは日本のうまいさんの足柄梨の生姜焼きのタレくらいでしょうか。 加工品には、通年で販売が可能になり、農産物のブランド力を上げていくことにつながり生果の販売にも良い影響を与えます。

今月末発売の足柄梨サイダー、是非味わってみてください!

さて、そんな足柄梨ですが、栽培が難しいこともあり、現在足柄上郡では栽培者が減っているのが現状です。大井町では現在数件、開成でも1件。

サイダーにした足柄梨はまたまた神奈川県立吉田島総合高校の生徒が栽培した梨。将来的には生産者のものも使うことができれば。 あ、吉田島レモンサイダーも現在おかげさまでほぼ完売!ということで先日今期に吉田島総合高校の果樹の生徒たちが栽培したレモンを再び果汁にしました。近々2年目の吉田島レモンサイダーがリリースされますのでこちらも宜しくお願い致します!

農産物のブランド化の目標

UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

参考文献 郷土の特産物の記録 足柄梨生産の歴史 相洋高等学校史跡研究部 (小田原市立かもめ図書館で借りることができます)


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