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熱い夏


http://highschool.nikkansports.com/2006/summer/news/p-hb-tp0-20060718-0002.html

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熱い夏
日本人なら夏の風物詩として甲子園を連想する人は多いだろう。毎年、この甲子園を目指すため約4100校×部員数のドラマがある。全てを賭けて野球をしている球児。片手間で部活をやっている球児。いろんな形があるけれど、すべての人にそれなりのドラマがきっとある。とにかく高校野球とはそれくらい凄い。
昨年の夏、数年ぶりに 母校の一回戦を観戦しにいった。高校3年間の全てを野球に費やし、20歳から2年間母校に雇われコーチをしていた僕にとって母校への想いはひとしお大きい。
しばらく野球の現場から離れているのでいまの選手たちは知らないから、ただ漠然と野球を見ながら昔のことを思い出していた。
僕が在学していたころの野球部はすごかった。息子がプロ野球選手になっちゃうようなエリート監督のもとで泥臭く、激しく、青春の全てを賭けて野球に打ち込んでいた。
毎週土曜の朝3時に学校に集まり県外へバスで泊まりの合宿試合に出向く戦いに明け暮れるあの日々。
監督と共に行くスーパー銭湯。サウナ練。監督家合宿。入院者が出るくらいの激しい冬のトレーニング。
いまの僕のパーソナリティのほとんどがこの3年間で作り上げられたことは間違いない。
このような特異な野球部だが、もう一つ普通の公立の野球部との大きな違いがあった。
それは、チームメイトのほとんどに所謂「友情」のつながりがなかった。
別にそれを悔いているわけではない。
むしろ、そのおかげで僕たちは強い集団だったのだから。
僕たちの野球はただ「勝つ」ためのみの戦闘集団。容赦なく全力でぶつかる集団。それは敵だでけなく、もちろん味方にだってだ。仲良し集団ではないので本当に容赦はない。本気で罵声を浴びるし、本気で叱る。全ては「勝つ」ために。
その甲斐あって夏は4回戦に進むことができた。あれ以来あそこまで熱い夏はまだ来ていない。
俺たちは決して友達ではない不思議な関係だったけれど、だからこそ「勝ち」という目的のため繋がっていた。普段はあまり話さなくとも、試合になると一丸となり敵に向かって咆哮をあげ、ふぬけた味方には喝を入れた。一人一人が青春の炎を燃やしていた。
その後「勝ち」という目的がなくなった僕らは見事にバラバラになり、(繋がる必要がなくなったからだし、これをまったく寂しいと思わないんだけれど)会うことはなくなった。高校を卒業以来、一部の後輩たちとはよく会うけれど、同級生のキャプテンとは数回だけ会い、一回だけ飲んだ。エースだったやつとは一度も会ってないしなにをしているのかも知らない。もう一人の同級生はたまに草野球の舞台で見かけるが特に挨拶もしない。でもそういえば、キャプテンとこいつは僕がコーチをやっているときに何度か手伝いに来てくれた。そのとき僕も彼らも勝ちたいと思っていたのだろう。
戦士同士、男同士なんてこんなものだ。そして僕らはみんなこのことを寂しいとは思わないし、集まろうとも思わない。
けれども、確かに僕らは戦った。もうこのメンバーで戦うことはないのだろう。
だんだん人は大人になり、全能感がなくなり、勝ちを求めなくなり戦いをやめる。彼らのなかにはもう落ち着いたやつもいるだろう。
風の噂で僕らの監督はいまだに戦いを続けていると聞く。あの人は根っからの戦士だ。きっとまだまだ戦い続けるのだろう。監督の教えを色濃く受け継いでいる僕もなんとか戦い続けている。彼らといつか酒を酌み交わす機会があるとすれば、それは戦いがすべて終わってからでいい。現在進行形で戦っている人間に昔の戦いの思い出はまだ早い。
古豪と呼ぶほどには長く続かなかった栄光時代。ただ、確かに僕たちは星屑として輝いていた。
人生に勝ち負けなんてないし、勝ちばかりがすべてじゃないなんてよく言うが、僕は決してそうは思わない。もちろんすべてに勝つことは不可能だけれど、自分なりの価値を求めて勝ちの基準を決め突き進まなければそれはつまらない人生だ。
僕ももう少しだけ戦おう。あの熱かった夏を目指して。


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