ももクロのおかげでモチベーションがフルバーストな件

12月25日。ももクロ初のゲレンデライブ、ももいろクリスマス2015~Beautiful Survivors~にいってきました。

この時期に北軽井沢のスキー場を貸し切っての野外ライブということで、ネットとかを見ると批判的な意見もありましたが、弾丸旅行をライフワークとしている僕にとって、今回のライブは普段行かない冬の軽井沢という面白いところに行けるし、そしてこの無茶さがまさにももクロといった感じで純粋に楽しみにしていました。

といっても今年はこのももクリ以外にも春の福岡ドーム、夏の静岡エコパスタジアムと参戦できたライブの両方とも弾丸旅行を兼ねていけてとても楽しかった。

 

で、このももクロことももいろクローバーZ。(もはやここで説明する必要がないくらいですがあえて僕の少ないボキャブラリーで説明させてもらうと)迫力満点のパフォーマンスは見るものを虜にするまさに本物のアイドル。彼女たちはもうなにからなにまで本気。必死。とにかく見ればわかる、僕たちが遠い昔に忘れてしまった何かを持ち続けていて元気とパワーをもらえるグループです。

 

そんなももクロだからたくさんの人から支持されているのでしょう。

だからこそ僕はそんな彼女らに救われてきました。

少し遡って2014年。昨年のももクリでのことを少しお話しします。

僕は昨年の夏に一度、志をくじきそのあとは不本意ながらも心がうまく保てずすさみ、気づかないうちに人に迷惑をかけてきました。そんなときにももクロのいつも通りの本気のライブを見て、元気が出る歌詞の単語のひとつひとつが心に刺さり、感動と同時にみるみる心が潤ってくるのを感じました。

特にアンコールでの名曲「走れ!」

この曲の単純だけれどまっすぐな歌詞が本当に心に刺さり、そしてここに至るまでももクロだってきっと死ぬ気で努力して、諦めないで、必死で生きてそして今があるんだということを悟り、頭のもやもやが晴れていきました。
僕も負けたっていい。くじけたっていい。やっぱり自分の思うように本気で、やる前から諦めるのではなく、ぶちあたってみようとこの時確かにそう決心しました。

さて、結論からいうとぼくはこのとき果たそうとした自分の夢に様々な弊害があり、敗れ、結局挑戦することもできませんでした。
ただ、この夢に挑戦するために色々なことに真っ直ぐに本音でぶつかったことに後悔はありません。このために失った物事もたくさんありますが、得たことはそれ以上にありました。

そしてきっと、このこと含む今年の経験は今後の僕に必ずやプラスであると信じています。

さて、こんなふうに決意を新たに頑張ってきた僕ですが、人間とは楽な方に流される弱いもの。
1年経ち、また僕の中には迷いや不満や不安が心のなかに少しだけありました。

そこで、今年のももクリで、まず開幕からガツーンとやられました。
今年、ももクロは紅白に出場出来なかったのですが、そのことについて語るオープニングムービーのなかで
「紅白に出れなかったけど、そのことをプラスにする。道なき道を切り拓いていけばいい。」といった本当に前向きなことを語っていたのです。

紅白に出れなかったことで、ショックでいくらももクロといえど、もしかすると不満もあったかもしれません。しかし、彼女たちはそれを正しく良いエネルギーにしてまた新たな目標に向けて突っ走り始めたのでしょう。

僕は彼女たちと違い、1年越しでしたが、またももクロに気付かされそして道なき道を道にする覚悟ができました。
考えてみれば僕も昔から王道のちゃんとした道なんて歩いてきていません。
自分で決めて自分で作った道ばかりです。
でもそれは歩いているときは険しく、つらい道でも道になったあとに振り返ってみると本当に素晴らしい栄枯自分だけの栄光の道です。そんな道を歩いていると自然と似た仲間が集まってきます。そんな当たり前のことをももクロはいつも思い出させてくれます。

明日から始まる2016年。僕の歩く道は決まりました。
ももクロは大人気グループで、毎日毎日ハードスケジュールで、それでも、最高のパフォーマンスを僕たちに見せてくれて、エネルギーをくれます。そのためには見えないところで僕たちの想像を絶するくらいの本気の努力を繰り返して繰り返して、そして一瞬で終わってしまうライブにすべてを賭ける。
僕は歩きたい道を歩くためにももクロのように本気の努力をしているのか。
否、まだまだその領域まではまったくたどり着いていません。かつてはその領域に届きかけていたような気もしますが。
無駄なく生きて最短で自分の届きたいところに届くように。

人の本気は必ず伝わり、良い連鎖を生む。僕も本気で生きて、人に良い影響を伝えることが出来るように。

2016年はそういう気持ちでさらに頑張ります。来年も宜しくお願い致します。

 

まとめ:なにが言いたいかっていうと、ももクリのときの有安杏果がもう半端ないくらいめっちゃ可愛かったということでした。てかゲレンデライブってこともあって、お客さんが普段に比べて少なくて、ステージまで10メートル未満でとにかく最高でした。

 

おまけ:以前、TORCHESのメルマガで書いたももクロについての熱い想いを。

「Z」

暑い日が続きますね。冷房を所持していない僕は毎日ヘロヘロで行きつけのファミレスにいかないと何もできない日々です。そもそも昼間は農家仲間の手伝いで完全装備で草刈りをする日々。早く夏が終わってほしいと願い続けています。

そんな毎日ですが、たまにはしっかりとオフをとってリフレッシュしています。7月31日には静岡までももいろクローバーZ。通称ももクロのライブを鑑賞にいってきました。もう彼女らのライブを見るのは  5度目になりますが、相変わらず素晴らしいパフォーマンスであっという間の約3時間でいつもながら元気やパワーをもらい無事、充電をすることができました。

彼女らのライブを見ると本当に全力で笑顔でファンを楽しませ、また、彼女らも楽しんでいる様子が見て取れます。

そこには、僕らが大人になるにつれて少しずつ失った「何か」が存在し、それを少しだけ分けてもらうことによって元気が湧いてくるのです。

子供の頃と違って僕らはやりたくないこともやらなければ生きて行くことは出来ません。けれども、それらのことや逆境も彼女らのように楽しんで全力で取り組むことができればきっと何事も良い方向に好転するでしょう。

まっすぐと道を歩く。ただそれだけのことですが、自分も含め誰しもが簡単にできることではありません。

まっすぐと歩き続けるアイドルを応援することで僕らも曲がりかけた道を少しまっすぐに戻していくことができるかもしれません。

人は互いに影響しあって生きている。それならば、良い影響をもたらし続けたいものです。それをもらってそれを分けて。そういう流れが大きくなれば世界中の紛争も無くなるかもしれません。僕も少しは人に良い影響をもたらせているのか分かりませんが、良いものであり続けるため努力していこうとおもいます。

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I HAVE A DREAM

I HAVE A DREAM

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つながりと6次産業で地域と農産物のブランド力アップへ。

こんにちは。神奈川県西湘地区の小田原市から参りました守屋佑一と申します。

私には夢があります。

これは夢物語ではなく、実現できる夢だと信じています。

本日は、その夢の第一歩となった実績の発表をさせていただきます。

実績発表に入る前にまず、自己紹介をさせていただきます。

私は、1988年に生まれました。

母方の実家は青森で専業のリンゴ農家,

私が生まれた頃は祖父がミカン農家の兼業農家。

そして父は主に牧場経営の流れから受け継いだ牛乳屋を営んでいます。

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高校は農業高校に進学。このときは具体的に農業でなにかをしようという考えはなく、農業の高校ですが、普通科に進学し、野球に明け暮れていました。練習は厳しく、毎週のように合宿があり、練習の一環で身体作りのために米を食べるという練習があり、食について色々考えるようになりました。

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その後、大学に進学し、高校野球のコーチを経験しながら勉強に励みました。

就職が決まってからは日本中に旅行していろんな地域の特産品を見ることによっていま、行っていることの土壌ができたような気がします。このころから農業に具体的に関心をもち、定期的に祖父の農業を手伝うようになりました。また、食生活アドバイザーという資格を取得しました。

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大学卒業後はJAかながわ西湘に入組し、直売に興味を持ち、マーケティング指導や直売向け講習会を開催しました。また、湘南ゴールド味のぷっちょというお菓子の企画をさせていただいたり、東日本大震災で被災した農家の支援に派遣していただくなど、大変貴重な経験をさせていただきました。

休日には大学の時に引き続き、家の農業も手伝い、農家としてJAかながわ西湘の青壮年部久野支部にも入部し、地場野菜の出荷組合やとうがんの出荷など組合員としての活動も積極的に行いました。

今年の3月には農協を退職し、現在、農業と牛乳屋のかたわら地域の農産物キャラクターを利用した観光商品の企画や地元新聞でライターなどさまざまな分野を行う兼業農家です。

農家としては各種みかんと直売用野菜、また、自身の畑とは別に仲間と茶の栽培を行っております。

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これらの経験のなかから繋がりが生まれ、本日発表させていただく実績が実現しました。

本日は、この吉田島レモンサイダーという農産物の6次産業化商品について発表させていただきます。

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この商品は、わたしが企画し、父の経営する株式会社森永牛乳小田原販売より今年の9月に発売しました。

吉田島というのは、わたしの出身高校である、神奈川県立吉田島総合高校。5年前までは吉田島農林高校という名前でした。私は先ほどお話ししたように高校を卒業してからも部活のコーチなどを行っており、その後、農協に入ってからも自主的に農業の知識を得るために高校に足を運び先生から話を聞くなど交流がありました。

始まりは今年の春、奇しくも私の退職間際のことでした。

先生から、吉田島総合高校をPRするような果実のよい使い道はないか。使い道があれば吉田島総合の生徒が栽培したレモン果汁を譲ることが出来るのだが・・・と相談を受けたのです。

私は農協在職時に行った企画や学生時代に全国の特産物を見て回った経験から地域をPRするための6次産業のアイデアを常日頃から考えていました。

そうしたなかで、もう一つの故郷である青森で、八戸水産の生徒がつくった秋刀魚の水煮や九州を旅していた際に農業高校の生徒が企画した商品を見たことが強く頭に残っており、農業高校の生徒が栽培した果実を使用した商品は売りになる。そう思い、吉田島のレモンでサイダーを作ろうと先生に提案しました。

商品化にあたって、森永牛乳小田原販売でレモン果汁を学校から買い取り、サイダー製造を川崎の工場にお願いし、森永牛乳小田原販売としても初の自社商品として売り出すことにしました。

もちろん高校生が作ったレモンを使用したサイダーというだけでは、意味がありません。果樹の授業を選択する生徒にラベルデザインのアンケートを行い、意見を取り入れ、校章も配置しました。

吉田島総合高校にとっても、森永牛乳小田原販売にとっても初の試みということもあり、ノウハウがない中からの出発だったので、手探りの状態での商品開発でした。何度も工場に足を運び、高校生が作ったレモンを活かすため、あえて甘みを控えめにしてレモンの風味を活かしたいと伝え、何度かの試作を経てサイダーの味が決まりました。

ギリギリのスケジュールということもあり、本当に完成することができるのかとても不安でした。

しかし、先生たちの協力もあり、こうして実際に商品化することができました。

完成したその日に、工場に製品をとりにいき、まだビンが熱い出来上がったばかりの商品を手にし、自分の思い描いた商品が実際に形になったことを実感し、言葉では言い表せないくらい感激したことを覚えています。その後、学校で先生にサイダーを渡したとき、今までの頑張りを思い出し、目頭が熱くなりました。

POP用の写真撮影を学校で行ったときには、サイダーを見た生徒たちが口々に「すごい」と、とても喜んでくれたことも印象的でした。

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大人の私にとってもとても嬉しいのです。高校生は、自分が栽培したレモンがこうして味わえることで、もっともっと嬉しかったに違いありません。

完成してからはサイダーを手に営業。これは農産物にも言えることですが、いくらいいものができたとしても、売れないと意味がありません。せっかく作ったのに売れず、大赤字になってしまうのではないか。

そんな不安とは裏腹に、好調な売れ行きで、発売から2ヶ月で12店舗での販売。そして製造量の約80%を販売することができました。

吉田島総合は創立108年の伝統校ということもあり、地域にファンやOBが多く、取り扱い店舗からもOBの方が購入していくことも多く、地域に愛されていると伺いました。

また、地域のフリーペーパーや農業新聞をはじめとする新聞社計6紙に掲載され、インターネット上でも話題となり、一躍新たな足柄土産として、吉田島の地名と高校、そして地域の農産物をPRする商品となりました。

少しはお世話になった母校に恩返しができたと思います。

しかし、このサイダーを商品化したのは、恩返しのためだけではありません。小田原ではすでにご当地サイダーがありましたが、足柄上郡にいまだはなかったことから商業的にも成功し、収益につなげ、これを契機にさまざまな農産物のブランド化へ繋げられるのではないかと考えたからです。学校や地域に貢献するだけではなく、しっかりと収益を生む。それは地域や農産物を発展させていくために大事なことです。

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私には今回のこの吉田島レモンサイダーの実績を広げ、実現したい夢があります。

神奈川県西部のさまざまな農産物を掘り下げ、兼業農家として6次産業から農産物と地域のブランド力をアップさせること。

私の住む小田原とまわりを取り巻く南足柄市、足柄上下郡にはまだまだ眠っているストーリーのある農産物がたくさんあります。たとえばキウイフルーツは足柄上郡の山北町が日本での栽培の走りでありますし、みかんや梅も地域固有の品種と古くからの歴史など特色のある農産物です。

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しかし、神奈川県西部の農産物といえば?という質問をしたときに「キウイ・みかん・梅」というような答えが返ってこないのが現状です。

もっともっと神奈川県西部は農産物で地域をPRできる余地が残っています。

全国では農産物を活用し、農業が豊かで立派な観光地になっている地域をたくさん見てきました。

現在神奈川県西部は同じ農協管内でありながら、小田原と南足柄市、足柄上郡、下郡はばらばらに観光作りをしているように感じます。

しかし、そのルーツはもともと一緒です。実は明治4年には足柄県というひとつの県でいまの農協管内はひとつの行政体でした。

新しいことを行うのももちろん大切です。しかし、このように地域に根付いたものを掘り起こし、このエリアに良い農産物があるというイメージを作り上げ、自身の農産物や盟友たちの果樹などを使用して、私の憧れであるポンジュースのような全国に名をとどろかせるような神奈川県西部の名産品をつくりあげていきたいです。

そして、農産物ブランド力を高め、一大観光地としての地域を打ち出し、農業と地域をもっと活性化させ、農業における知名度や収入を上げることにつなげたいです。

神奈川県西部の小田原と南足柄市、足柄上郡、下郡には農産物だけでなく温泉・お城・海・山・歴史など全国に誇れるものをたくさんもっています。それらを活用し、観光地として他の地域のモデルケースとなること。その成功事例が広がれば日本全体の農業と地域が豊かになる可能性を秘めています

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そのためには、もっと地域の人たちへの農産物のPRの必要性も感じています。

そのために、地域の交流施設であるおやすみ処を活用して同じ支部の青壮年部の盟友たちと直売イベントを企画し、実行しました。

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イベントは好評で、収益にもつなげることができました。その後もさまざまなメンバーで数回開催し、地域で採れている農産物をPRすることができました。直売をするとお客様からこんな素晴らしい農産物がこの地域にあったのかという声をきき、やはり6次産業による通年での農産物のPRの必要性も実感してきました。

牛乳屋の店先にも直売所をつくり自身の農産物や地域の6次産業商品を集め店頭にて見せる販売もスタート。

また、ライターとして青壮年部の支部の盟友たちの農産物をPRする記事を地元紙に書くなどメディアの力も使ったPRも行いました。

農産物は「食べる」ということ以外に地域のブランド化につなげるためのさまざまな可能性を感じ、たくさんの農産物のキャラクターをつくりだし観光商品にする取り組みや、梅まつりというイベントにも積極的に協力してインターネットを使用したPRにも協力。

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高校でできた繋がり。農協に入り、青壮年部に入部し、さまざまな活動を通してできた繋がり。これらの絆が私を支え、いろいろなことを形づくっていくことができました。

私一人では知識もやれることも少なく、ただの脆弱な兼業農家ですが、今後ともみなさまからいただいたご縁と絆を活かし、感謝の気持ちを忘れずに、地域や仲間とのつながりをもとに担い手の一人としてしっかりと収入を得て、地域農業を盛り上げていきます。

そのために現在のようにさまざまな仕事を農業と絡め、兼業農家としての特色を生かしながら活動を行っていきます。

農協での経験も活かしてさらに一歩ずつしっかりと力をつけてもっと良い繋がりをつくり、わたしを育ててくれた地域と諸先輩方や農協にも恩返ししていきます。

今、今回発表した吉田島レモンサイダーのように盟友たちの作っている農産物も含め地域にある果樹を誇れるストーリーのある6次産業商品の企画を行っています。

この吉田島レモンサイダーはそのための第一歩です。

「私には夢があります。」

ご静聴ありがとうございました。

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今年も小田原の畑に有害鳥獣出没中。

DSC_3521小田原の街中にシカやイノシシが・・・

最近、市内久野の低い部分の畑で農家によりシカが目撃された。今までは、もっと標高の高い山間部にしかシカは現れなかったのに・・・と不安な面持ちであった。その数日前には箱根湯本駅のそばで市内在住の宅配業者によりイノシシも目撃されている。業者も同様の感想で、髙いところではイノシシはよく目撃するが、湯本駅に近いこんな場所では初めてと驚きを隠せない様子であった。

実は近年、小田原市ではシカやイノシシによる農産物被害があとを絶たない。理由は様々であるが、農業離れによる耕作放棄地の拡大や山にエサが少ないことなどが挙げられる。

現在の被害はまだ農産物だけであるのが不幸中の幸いだが、このまま町の付近に出るようならそうも言ってられない。なぜなら、人間への直接な被害が及ぶ可能性があるからだ。基本的に野生動物は臆病であり、人間をみるとすぐに逃げてしまうことが特徴ではあるが、箱根などで罠にかかったイノシシにとどめをさそうところ、反対にイノシシに体当たりをされて大怪我をしまった人なども存在するほどで興奮した動物にはなにをされるかわからない。シカにはヒルも多くついていてそれがまちに蔓延してしまう可能性も大いにある。

昨年1月には、イノシシ3頭が井細田駅のすぐそばで目撃され、テレビの全国ニュースにも取り上げられるなど、近年まちでの動物目撃情報が多々あり、小さな子ども達にも危険が及ばないか心配が大きい。

他にも、ネコがゴミ捨て場を漁ってたと思ったらハクビシンだったとか、アライグマのような動物が道路を横切ったなどさまざまな動物がまちでも目撃されている。これらの対抗策として、行政が有効な対応を行っているとは言い難い。人に被害があってからでは何事も手遅れだ。一刻も早い対抗策を行政には期待したいところだ。

県でも農家に狩猟免許などの取得を推進しているのだが、神奈川県では保健所が厳しく、狩猟したイノシシなどを農家が肉としてお金を稼ぐために販売することは難しいということだ。ここらへんも改善されれば、被害も大きく減るのではないか。

まちと農業が近くなるぶんには良いことづくめだが、動物だけは嬉しくはない死活問題である。

正月登山のすゝめ 金時山・明神ヶ岳

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お正月こそ登山。僕はこの5年間のうち4度ほど元旦に登山をしています。基本正月以外もいつでも登ってます。誘っていただければいつでも山にみなさんをお連れします。

さて、お正月と言えば欠かせない初日の出。皆さんはどこで初日の出を拝んでいますか。大晦日のお酒が残り、夢の中で初日の出を拝むという人も多いかもしれませんね。

しかし、やはり1年の最初に初日の出を見て気持ちを新たに目標を立てることによって、大きくその年の過ごし方が変わってくるというものです。

普段は日の出る時間に寝ている人も、このときばかりは日の出を見てみませんか。

初日の出は見る場所もとても重要です。なにも遮るもののない高い場所からの初日の出はまた格別。

今回は過去にブログで紹介した「金時山」「明神ヶ岳」での初日の出を拝むポイントや注意点などをお教えします。お正月に山を登るときの参考にしてみてください。

小田原から登れる地元登山で代表格なこのふたつの山は低山で短時間で登れ、なおかつ景色も富士山と街が一望できて最高ですが、手軽な山とはいえど、やはり冬山。気をつけないといけないことが多々有ります。

金時山は普段登る場合、車で足柄峠を越えてギリギリまで山に近づき、片道1時間かからないコースがおすすめ。しかし、例年12月下旬には雪が積もります。

小田原人は雪予報の天気予報でもだいたい雨ということでとかく雪への耐性がついていません。ここらでは珍しいくらい峠のほうでは雪が深くなりいつもと同じようにギリギリまで車でいくことは絶対にやめましょう。ではどこから登ればいいのかというと、峠よりはだいぶ下に位置する地蔵堂から。

ここであれば、小田原と気候に大差もなく、安心して挑むことが出来ます。しかし、山頂からは距離があり、2時間半から3時間は見ておく必要があるので初日の出を目指す場合は、必然的に真夜中の出発。

必ずヘッドライトを装備しましょう。ヘッドライトというと少し敷居が高く感じるかもしれませんが、ワークマンで1500円程度あればLEDのものが購入できます。雪があるといっても、特別深いわけではないので、靴は雪山用のものやアイゼン(靴につける歯)はなくて大丈夫です。

そして山頂につくとたくさんの人の姿に驚くと思います。実は金時山の山頂では毎年元旦に日の出とともにお隣静岡の小山町が毎年デザインの異なるピンバッチを無料で配布しています。しかも、金太郎のゆるキャラの着ぐるみまでいるおまけつき。

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このピンバッチ、ファンが多くコレクターも存在するので欲しい方は早めに行って並んでおくと必要があります。登っている間は暖かいですが、山頂で待っている間はかなりの極寒。防寒対策も過剰なほどしておいて損はありません。

もうひとつの地元登山スポット、明神ヶ岳。

実は僕的にはこちらでの初日の出のほうがオススメ。

以前、紹介したときは市内の久野からの登山を推奨しましたが、お正月登山として推奨したいのは南足柄市最乗寺からのルート。最乗寺はこの辺では一番の初詣スポット。普段は車で直接行けますが、元旦から三日ほどは、途中の道路から通行止めになっているので、駅からバス(正月は夜中も運行)または富士フィルムのグランドの臨時駐車場から運行されるバスに乗っていきます。並み居る初詣客を横目に、初詣をせず。奥の院横の登山口から明神ヶ岳山頂を目指します。

こちらも所用時間が3時間ほどなので、金時と同じようにヘッドライトなどは必須。このルートは木が多いからか、日当たりの影響か金時よりは雪も少なく歩きやすいです。けれどそのぶん金時はたくさん人がいるのでなにか事故があっても助けを呼べますが、こちらはそれができないので注意してください。頂上に着くと、金時山の喧騒とは違い、人がまばらにいるだけ。

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だけど、それが良いんです。落ち着いて初日の出を見ることが出来ます。

また、下山したあとに初詣を改めて最乗寺で行い、出店の食べ物で栄養補給をす

ることもできますし、最乗寺からは歩いておんりーゆー(温泉)もるので、初日の出からの初詣、初風呂と正月を満喫できます。そのあと温泉で仮眠して一杯、なんてのはもう至福のとき。

金時山と明神ヶ岳。どちらも甲乙つけがたい名山です。

初日の出で色鮮やかに映し出される富士山。これだけで新年から縁起がいい気がしますね。今年の初日の出は是非山頂で初日の出を見て一年の計をたててみませんか。

スターウォーズの思い出。

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遥か昔、少し彼方の神奈川県西部で。 16年前。1999年。当時愛読していたコロコロコミックでスターウォーズEP1ファントム・メナスの特集が組まれた。

僕が生まれる前から続く壮大すぎるその映画の世界観を詳しく解説したものだったと記憶している。

すでにEP4・5・6が公開してこれから最初の物語が公開する。

その事実に驚きと興奮を覚えた。コロコロコミックのミスじゃないかと思って親に質問したほどだ。あいにく、僕の親はスターウォーズに興味がない人間(別にスタートレック派というわけではない)なので、適切な回答は得られなかった。しかし、その特集を読んでいくうちにそれは正しいことだと確信した。

そして、世界中の男の子たちと同じように、マスター・ヨーダをはじめとするクリーチャーたちの魅力的なデザインやライトセーバーの格好よさなどに虜になるのは時間がかからなかった。スターウォーズに関する情報をひたすら集めた。

行きつけの歯医者さんがスターウォーズが好きでEP4~6のVHSを頼み込んで貸してもらったり、お小遣いの許す限り関連グッズを買い漁った。生意気にベーシックフィギュアはブリスターパックのまま部屋の壁に飾った。

特に熱心に集めたグッズはペプシコーラを買うと付いてくるボトルキャップ。毎日毎日ペプシを飲んでダブったのは交換して、40種類を全て集めた。おかげでかなりの肥満体だった。

この時期、ぼくらの溜まり場だった小田原市荻窪の夜しかやっていないレトロでマニアックな駄菓子屋「懐かし横丁」では店長さんの趣味でかなりの数のスターウォーズグッズが揃っていた。

アメリカから取り寄せたというものも多く、僕はなにかにつけて話を詳しく聞いていたものだ。

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特に、この写真のものはそうとう頑張ってお金を貯めて買った。確か9000円だった。ケンタッキーのおまけのコップについているものだ。日本のものでは、アナキン、アミダラ、ジャージャービンクス、ヨーダという微妙なラインナップだっただけに、これはどうしても欲しかった。造形の質も全然違うしサイズも大きかった。

スターウォーズに限らず、店長さんにはいろんなことを教えてもらった。ボトルキャップは交換もしてくれたのでコンプリートの助けにもなった。

僕のオタクコレクター気質は間違いなくこのとき形成されたものだろう。

もちろん、普通のおもちゃ屋でもグッズをたくさん買った。ライトセーバーも買ったし、プレステのゲームやサウンドトラックも買った。あまりにもハマりすぎてEP1公開前に小説版を買って何度も何度も読んでしまった。

それとうちは飲料卸だったので、普通の人じゃゲットできないカレンダーとかも持っていた。このときほど飲料卸売りの子に生まれてよかったと思ったことはない。もちろんこのカレンダーはいまも一枚も使わずに保持している。

僕にスターウォーズの存在を知らしめた1999年が終わってからも、元来の予定通りきっかりと2002年にEP2、2005年にはEP3を公開し、これまた予定通りアナキンが暗黒卿となり伝説は一旦幕を閉じた。

そんなスターウォーズの最新作が今年、12月18日。明日、公開される。

スターウォーズと出会ってから16年。EP3から10年。

僕を取り巻く状況はすっかり変わり、いつの間にか大人になってしまったけれど、スターウォーズを好きな気持ちと友情くらいは昔からずーっと変わらない。

今、僕は純粋な気持ちで伝説との再会を心待ちにしている。正直、監督が変わり、まったく知らない物語だけに一抹の不安もある。

それでも、きっと、スターウォーズは僕の期待を良い意味で裏切ってくれることだろう。明日の18時30分の2時間20分後が楽しみで仕方ない。

そういえば昔、懐かし横丁のようなお店を持ちたいと漠然と考えていた。

いい時代になったもので、ネットでなら簡単にそれが持てる。僕も自分のグッズを見せびらかして語りたいという邪な気持ちだけで、ネットショッップ「UMEMARU SHOP」をオープンした。

ただただ自分のグッズを好き勝手に展示している。スターウォーズ公開前に全てのコレクションをアップしたかったが全然間に合わなかった。この先新三部作が完結するまでには全てのコレクションを見せびらかしたい。スターウォーズだけではなく、気づけばガンダムやジョジョグッズなど僕の好きなものをひたすら展示しているかもしれない。見せびらかしたいだけなのでとてもおかしい値段設定だ。もちろんこの値段でいいなら買ってくれたって構わない。しかし、目的は見せびらかすこと。一つ一つの商品にくどいくらいの思い出話しが書かれているので、ぜひそれを楽しんでほしい。

「すべての商品には、思い出がある。」

UMEMARU SHOP オープン!

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健康麻雀放浪記2

神奈川県西部唯一の健康雀荘「ピア」で開催された大会の記事を書きました。

雀荘に集まった参加者の数、実に40人。雀荘内の雀卓はすべて埋まり、満員。麻雀を楽しむ人々の真剣な空気で雀荘内が満たされた。

12月10日(木)健康麻雀「ピア」にて第一回となる湯河原温泉麻雀大会(主催:湯河原町商工会、湯河原温泉観光協会、湯河原温泉旅館協同組合)が開催された。

この大会は温泉旅館に欠かせない娯楽の一つである麻雀を活用して湯河原町の温泉を盛り上げようという取組の一環。麻雀は麻雀でも、一昔前の「賭ける・飲む・吸う」ではなく、「ピア」が普段より提唱している「賭けない・飲まない・吸わない」を合言葉にし、知的な頭脳スポーツとしての麻雀を前面に出した健康麻雀だ。参加者はほとんど湯河原町内から集まった。参加者は事前に決められた卓を廻り3半荘ほど打った後、その合計の点数に応じてレベルの近しい人同士で1半荘打ち、計4半荘の合計点数を競う。順位ウマとオカもないので、1半荘、1局、1打が意味を持ち真剣さに拍車がかかる仕組みだ。

大会が始まるまでは和気藹々とした空気に包まれた雀荘内だが、始まってしまえば健康麻雀といえども参加者は勝負師の顔となる。そして1戦戦い、大局が終わると「もう終わりー?」「こうすればよかった~」などと和やかな空気に戻り、また次の勝負の席へと移動する。そのギャップが勝負とコミュニケーションのメリハリがしっかりとついていた。

参加者40人のうち28人は普段からピアで打っている健康麻雀の会員ということで、ピア内に貼ってある「麻雀はギャンブルではなく、スポーツ」という言葉が染みついている印象を受けた。また、健康麻雀の会員が非会員に「健康麻雀とは・・・」と説明をしている姿を見受けられた。非会員の参加者達のなかでは、今回新聞などで広告を見て10年ぶり、20年ぶりに牌を握ったという人たちも多かった。話を聞くと「お金を賭けない麻雀なんて真剣に出来るのかと疑ったが、実際に打ってみるとやはり勝ちたいという気持ちもあり、夢中になってやってしまう。ピアのような場所があれば、気軽に麻雀を打つことができる。これを機にまた麻雀をやりたい。」などとまさに健康麻雀の神髄を表しているような好印象なコメントが多かった。麻雀は、囲碁や将棋と違い、運しだいで初心者でも、ブランクがあっても、トップをとれる可能性のあるスポーツ。男女差もなく、今回の大会で上位に女性が多く、最終的な点数結果も1位から40位まで、大きな手を上れば一気に順位が変動する差とあってまさに麻雀の神髄が凝縮されたような大会であり、40年前にあったという麻雀ブームが高齢化、未病などと結びつき、今だからこそ最ブーム化する前夜という感じがした。湯河原といえばオレンジマラソンだが、そのうち健康麻雀の聖地としても呼び声が高くなる日も夢ではないかもしれない。

ちなみに余談ではあるが、記者の順位は40人中37位。最終戦前までは真ん中より上の順位であったが、最終戦はこの素晴らしい大会をどう記事に仕立て上げるかで頭がいっぱいで麻雀に手がつかなかったことを言い訳しておこう。

上位者

1位 井出 正美

2位 及川 毅一郎

3位 中村 明子

優勝した井出氏の言葉 「高校の時から麻雀をはじめたが、途中20年以上ブランクが開いていたところ、半年ほど前に知人から誘われて健康麻雀をはじめた。こういう大会は好きでピアの大会もいつも楽しみにしている。」とのこと。

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畑でハシゴが盗難されました。

ついに一年の集大成12月に突入し、うちの畑でも毎日毎日ミカン収穫の日々を迎えております。

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あまりに収穫しすぎて、先日寝てる間に収穫の夢をみて、起きると右手はハサミを握っている形になっていました。

で、うちの畑なんですが以前「農業の隠れた問題2」でも書いたようにあまりの立地の良さに農産物盗難が普段からめちゃくちゃ多いです。

で、そんな泥棒野郎が今回やってくれました。農産物に飽き足らず、今度は5メートルのハシゴをもってきやがった!うちのミカンの木は古く、ハシゴを使用しなければ高いところを収穫することができません。これは本当に痛い。

というか一般の人があんな大きなハシゴを使うとは思えないし、以前書いたようにやはりプロの仕業・・・

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うちの祖父もこんなんなって落ち込んでました。まじで後の絶たない泥棒。

ミカンが終わったら対策を・・・でも、そんな非生産的なことに時間とられたくない・・・

皆様も畑での盗難は本当にご注意を。

今年は少ないと思ってたイノシシもミカンの時期に計ったように来襲して裾のミカンを食い散らかしてるし、ミカン農家に逃げ場無し!って感じ。

畑のミカンを何気なく食べちゃう人。それも商品。万引きと同じですよ。

DyDoドリンコ×小田原絵巻 小田原絵巻自販機が登場

DyDoドリンコ×小田原絵巻 小田原絵巻自販機が登場!

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昨年8月より展開している小田原由来のいろんなモノ・コトを公募にて集め、イラストレーター漆川世文のデザインによりキャラクター化する企画。

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 http://odawaraemaki.com/

昨年10月より、地域の日刊紙神静民報さんで小説版の連載が始まり、オリジナルグッズも登場。本丸売店と鈴廣さんのかまぼこ博物館で販売を行っており様々な展開がなされています。

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そんな小田原絵巻ですが、またまた新展開!なんと、自動販売機になっちゃいます!

実はこの話、春先から進めておりまして、ついに実現する運びとなりました。

森永牛乳小田原販売よりこれから設置されるダイドーさんの自販機にてラッピングされます。

思えば、私の家の前にはダイドーさんの自販機があり、学生の時分に仲間と我が家で麻雀するときはいつも量が多くて美味しい炭酸のクリスタルレモンを飲んでいました。

仲間は、これまた量の多いダイドーさんのアメリカンコーヒーとか、本格派のデミタスコーヒーとかを飲み、バイト場にもダイドーさんの自販機があり、就職してからも事務所の前のラーメン屋にもダイドーさんの自販機があり、と、縁があったダイドーさんの自販機と小田原絵巻がコラボすることはなんだか不思議な感じがします。

自販機の側面や正面には小田原絵巻のキャラが散りばめられ、見る人たちが小田原になにがあるが一目でわかる楽しいデザインとなっております。自販機に貼り付けるキャラはその都度選択可能!自販機設置場所にあわせた楽しいキャラが新登場する可能性も!

絵巻自販機すずろ

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第一弾は小田原市栢山の「ばぁ~ばのキッチン」に設置予定!

その後、第2、第3も続々市内に登場予定!

日刊神静民報にて連載中の小説版も1周年を迎えますますパワーアップ。2016年も新企画が続々の小田原絵巻を是非宜しくお願いします!

小田原絵巻自販機プレスリリース配布用完全版