農業の問題4「技術」

「技術」

どんな世界でも技術の進歩は日進月歩。それはもちろん農業の世界にも言えることである。技術というのは一朝一夕で身につくものではない。

特に農業の場合は難しいと感じる。なぜならば、他の産業より家庭内において受け継がれることが多い産業であるため経験則で伝えられることが多いからだ。

なので家々でのやり方に大きな違いがあり、解りやすいマニュアルなどがあるわけではない。

どの産業にも言えることだが、農業ももちろん時代時代の状況に応じて方針なども変わってくる。

人は得てして、今まで行っていた方法を変えることはできない。なので大きく世代を離れた者同士が一緒にやると必ず衝突する。

私も共に農業を行っていたビジネスパートナーでもあった祖父とよく農業の技術について衝突した。

特に、みかんの剪定についてだ。

近年の農業の流行りは省力化。昔のように大きな木にみかんをたくさんならせたとしても、人を雇わないと収穫が間に合わない。

しかし、神奈川県の人件費は決して安くはない。

私は剪定の際に木をできるだけ詰めて短くし、収穫が手間なく自分たちの手で収穫できるようにしたかった。しかし、祖父はの方針は違った。木をなるべく詰めず、大きく大きくしてたくさんの果実を収穫することを目的としていた。

どちらも不正解ではない。方針の違いなのだ。

農業の技術とは、技術力だけではなく、個々のスタイル・体力・精神的なものやさらに時代の背景、消費者のニーズなどが複雑に有機的にからみあう

みな理想の形があり、正解はない。だから習得するにも長い年月がかかり、そしてそれを変えることはできない。

農業が人の手で執り行われるものである以上、それはしょうがないことだと思う。

そして方針を決定するのは経営者であるので、結局はその方針に従っていた。

そんな祖父が去る1月19日に病気療養の最中亡くなった。

技術は変わる。常識も変わる。今まで普通にやっていたやり方が、大きく変わって後世では間違いだったと判断される場合もあるかもしれない。ただし、農業の技術の中でなにが変わったとしても変わらないものも確かにある。

それは「道具を大切にする」ということである。

祖父はこの「道具を大切にする」ということをいつも私に口すっぱく言っていた。

祖父は亡くなった。いつか時代の流れで祖父がやっていた農業のやり方、私が聞いた技術などその全てが消え失せる時がやってくるかもしれない。道具だって未来永劫存在し続けることは無理で、いつかは壊れてしまうだろう。

けれども祖父が口すっぱく言っていた「道具を大切にする」という精神だけは、消さず、残してくれた道具と共に子々孫々まで受け継いでいきたいと思う。

そんな思いで私はすでに農作業を再開している。季節は、まってはくれない。農業を行う以上働き続けるしかないのだから。

余談ではあるが、亡き祖父は元々は農業の指導者を志して農業高校に進んだ。そのためか私が農協に入り、農業の指導部署に配属されたときは大いに喜んだ。私は農協は辞したが、自身のうちの畑やUMEMARU Inc.として農産物の6次産業に関わっている。また、こうして神静民報社では、農産物の問題提起の場を与えていただいており改めてここに感謝の念をお伝えする。

農業の問題シリーズは日刊神静民報にて不定期連載中です。

農業の問題3

農業の問題2

農業の問題1

UMEMARU Inc.代表

湘南ゴールドエナジーエグゼクティブプロデューサー

守屋佑一

SHONAN GOLD ENERGYプロジェクト

湘南ゴールドエナジーとは

湘南ゴールドエナジーがドン・キホーテで買える。

ニューアキンドセンターで紹介されました。

SHONAN GOLD ENERGYプロジェクト、続々。

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.1The Boots Blood

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.2「デニムマン」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS Vol.3「Cycle Days」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.4「松下靴店」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.5「峯自然園」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS vol.6「石澤商店」

SHONAN GOLD ENERGY PARTNERS Vol.7「小田原お堀端 万葉の湯」

GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.1「早朝金時山登山」

SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.2 「Craftmanship 」

SHONAN GOLD ENERGY GOLDEN EXPERIENCE Vol.3「テンナインフェス 」

SHONAN GOLD SPORTSマラニック Vol.1 秋の湘南・小田原編

SHONAN GOLD SPORTSマラニック Vol.2 秋の足柄・小田原編

湘南ゴールドエナジーイルミネーションin時之栖

湘南ゴールドエナジーを作った理由。プロデューサー守屋佑一の雑記。

sge_flyerlogo_fix中学くらいから栄養ドリンクを愛飲していた。今も昔もギリギリで慌てる悪癖のある僕は中学時点でテスト前の一夜漬けが常で、家に設置してあるダイドーの自販機で販売していたアスパラドリンクをテストのたびに買っていた。

でも、栄養ドリンクは栄養ドリンクであって、エナジードリンクとはいえない。

僕とエナジードリンクの出会いは2006年春。

このころの僕は、高校野球のプレイヤーとして、厳しくとも素晴らしい監督の下、毎日毎日に死ぬ気で練習をしていた。

お世辞にも上手といえないプレイヤーの僕は、レギュラーをとるために、相手チームに勝つために藁にもすがる思いでなんでもいいから少しでもいいプレイができそうなものを取り入れていた。

疲労をとるために毎日お風呂に1時間入ったり、丹田にテープを貼ったり、真剣だった。

そんな時にコンビニで見かけた新発売だというエナジードリンク。エナジーという素晴らしいワードに惹かれ、正直高いなーと感じつつもあの赤い牛のマークの缶飲料に手をだした。

いままでに飲んだことのない味と刺激が走った。

体からエネルギーが発しられた。

そして、背中から翼が生えてきた。

その翼のおかげか、その日の練習試合では2安打することができた。

それからというもの、高校生のおこづかいでは、それを毎日飲むことはできないが、毎週末行われた県外合宿や大事な試合の日には必ず飲んだ。

2007年からは大学生ということもあり、夜通し遊んでから学校に行くことも増えていた。

ちょうどいいタイミングで赤い牛のマークを追随するように様々な種類のエナジードリンクが発売された。

特に好きだったのはロックスターエナジードリンク。名前がかっこいいし、味も好みだし、相性が良かったのかなんだかとても効くように感じた。

最近ではあまり見かけなくなったのが少し悲しい。

こんな感じで順当にエナジードリンクジャンキーと化していった。

ぼくは、コーヒーがあまり好きではないので、みんながコーヒーでとるカフェインをこのエナジードリンクで体に取り入れていることもエナジードリンクファンになったことに関係しているだろう。

2011年、卒業旅行で仲間といったグアムではまさしく歓喜した。

日本では売ってない種類のエナジードリンクが、しかもとても多い内容量の缶で販売されていたからだ。ここぞとばかりに飲みまくったし、たくさん買って帰った。

社会人になってからもエナジードリンクを飲み続ける日々は続いた。

特に大事な日は必ず、飲んだ。

そして、2013年。出張で長野で行われている花の展示会にいった時のこと。

朝の4時半に集合して、僕の運転で農家の方を連れていったこの出張。

早朝からのロングドライブ。もちろんエナジードリンクの出番。

ということで、エナジードリンクを購入しようと山梨でサービスエリアに寄った矢先にそれを発見した。

ご当地エナジードリンクだ。

それは、山梨の桃を使用したエナジードリンク。

僕の体に電撃が走った。

こういうのもありなんだ、と。

その時はちょうど6次産業の面白さを知り、仕事でもいろいろ携わっていたこともあり、心に決めた。

湘南ゴールドをエナジードリンクにしよう、と。

湘南ゴールド。神奈川県が産んだ新感覚オレンジ。幻の柑橘。

その爽やかな香りとパイナップルをも思わせる甘い味でファンを増やしている。

なにより特筆すべきはその名前。

湘南という地名とゴールドの持つゴージャス感。まさにそのままの名前でエナジードリンクにぴったりで、この頭の中にあった考えを実現したいという思いがあった。

あれから3年。

この5月19日にUMEMARU Inc.初のエナジードリンク「湘南ゴールドエナジー」は発売する。

湘南ゴールドエナジーは飲む人の黄金の経験をサポートする。

特に、神奈川は金時山、明神ヶ岳をはじめとする登山だったり、サーフィン文化が盛んで、このエナジードリンクが活躍する場はたくさんあるだろう。

僕もこれから、今まで以上に黄金の経験をたくさんしていくつもりだ。それにもこのエナジードリンクが役に立つだろう。

このエナジードリンクには、本物の湘南ゴールドの果汁を使用している。

もちろん農家として僕が栽培した湘南ゴールドも入っているし、青年部の仲間が栽培したものや湯河原で作られたものなど一流の湘南ゴールドもたくさん使用した。

湘南ゴールドの果実は、限られた時期にしか食べることはできない。

だけど、このエナジードリンクはいつでも飲むことができる。

そして、湘南ゴールドエナジーはエナジーだけでなく、積極的に湘南ゴールドのすべてに関わっていく。これから色々な企画も世にだしていく予定だ。

農学博士であり、湘南ゴールドの開発者で僕の師匠の真子正史氏も公認。

また、エナジードリンク評論家の福田慎一郎氏にも開発に携わっていただいた。

神奈川発のエナジードリンク。神奈川発の湘南ゴールド。

湘南ゴールドエナジードリンク。5月19日、発売。

UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

足柄梨秘話 加工品編 足柄梨サイダー新発売!

 久野編歴史編と過去二回にわたり足柄梨についてご紹介してきました。

今回はいよいよ足柄梨サイダーが新発売ということで、足柄梨を使用したお菓子などの加工品をご紹介しようと思っております。

まずは、私がプロデュースし、ながーく引っ張ってしまいましたがついにこの4月に発売となった足柄梨サイダー。

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市販のサイダーと違い、ただ甘いだけではなく、昔ながらのなつかしい梨の風味感じる少しビターな大人のサイダーに仕上がっております。

ラベルはポップな遊び心あふれるデザインに。足柄の文字もよく目立っています。

KIMG1624足柄峠で足柄梨サイダーで一服。

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今回使用した梨は吉田島レモンサイダーと同じく、神奈川県立吉田島総合高校の生徒が栽培したもの。校章と一緒に足柄らしくかわいらしい金太郎と熊の絵も。

明日、4月6日よりマックスバリュー開成店などで発売予定!

足柄梨が使用されている加工品はもちろんサイダーだけではありません。

レモンや湘南ゴールドなどを使用した調味料など、ユニークな商品を開発・販売している「日本のうまい」さんよりあしがら梨でつくる生姜焼きのタレが発売中。

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梨の甘さが豚肉とあいまって、絶妙。

生姜焼き以外にも様々な料理に使用できます。

朝ドレをはじめとする農産物直売所や一夜城マルシェ、箱根湯本駅などで購入できます。

サイダー、調味料ときてお次は足柄梨を使用したお菓子・・・なんですが、実はほとんどなく紹介することができません。

ジャムなどを作って販売している方はいるみたいですが、大々的に足柄梨を使用したものはなく、インターネット上ではあまり出てきませんでした・・・

100年以上の伝統があり、地名までついている足柄梨ですが、このままではもったいないですよね。しかし、逆にいえばまだまだ可能性が多く残されているということ。足柄梨を使用した商品を考えるには今がチャンスということです!こちらもご協力できることがあると思いますので、なにか考えている方は是非連絡してください!

今回、足柄梨の名前を広めるためにサイダーを企画しましたが、神奈川県西部にはまだまだストーリーがあり、おいしい農産物がたくさん。

サイダーやそれ以外でもこの素晴らしいものたちをなにか形にして広めていきますので今後とも宜しくお願いしますー!

それと、実はもう少しで発表できるのですが来月には神奈川生まれのあの果樹を使用したあっと驚く製品が登場しますので、そちらもお楽しみに!

UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

 

小田原市早川の庄太郎だけで飲める新名物、湘南Gサン

横須賀ブラジャーをご存知でしょうか?

女性がつけるあのブラジャーではありませんw

神奈川県横須賀市のご当地カクテルで、「ブランデー+ジンジャーエール」なのです。

飲むブラジャー!横須賀ブラジャーって何? – NAVER まとめ

http://matome.naver.jp/odai/2136696380264260401

このカクテル、実は小田原でも飲むことができます。早川にある庄太郎というレトロな外観の知る人ぞ知るラーメン屋兼飲み屋。

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あの、鎧塚シェフも来たことがあるという早川の人たちの行きつけのお店です。

ここのマスターが横須賀出身ということもあり、横須賀ブラジャーを出しています。

さて、横須賀ブラジャーはもちろん安定の美味しさですが、ここで飲めるご当地カクテルは横須賀ブラジャーだけにあらず。

もう一つ、ここでしか飲めない小田原カクテルがあるのです!

その名も「湘南Gサン」!!!

湘南でサーフィンをしているファンキーなジィさんをイメージされた方も多いでしょうが、それは違くて、このお酒には幻のカンキツと言われる神奈川のリーサルウェポン「湘南ゴールド」を使用しているのです。

焼酎に湘南ゴールド+炭酸。

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湘南ゴールドを略して湘南G。そして炭酸のサンで「湘南Gサン」

横須賀ブラジャーに負けず劣らずなかなかいいネーミングじゃあないでしょうか。

実はこれ、4年前に当時僕がいた職場の先輩たちと庄太郎で飲んでたときにマスターにお願いして作ってもらったもの。

今のところは庄太郎にしかありませんが、小田原発の神奈川カクテルとして、どんどん広がっていって欲しいですねー!

お酒に湘南ゴールドの芳醇な香りが加わり、味も最高です!

・・・実はいま、とあるオペレーションのために湘南ゴールドをたくさん集めて余っていますので、もしこのお酒を実践したいお店などがあったらご相談ください!
もちろん庄太郎はお酒以外のラーメンやおつまみなども充実していて食事でも、呑みでもどちらでも楽しくすごせます。個人的にはバターご飯がおすすめ!

昔、みかんの貯蔵庫だったという建物をリノベーションした空間は居心地も最高。

150x150_square_4477005早川で呑む際は是非、庄太郎へ!

湘南Gサンだけでなく、僕の同級生が働く東京都荒川区のバーではこんなおしゃれな湘南ゴールドカクテルも!!

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UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

 

mori19880519@gmail.com

足柄梨秘話 歴史編

久野編はこちら

いよいよ今月末に迫ったUMEMARU Inc.がプロデュースする吉田島レモンサイダーに続くご当地サイダー第2弾「足柄梨サイダー」。

実は小田原の鬼柳や足柄上郡大井町は伝統ある梨の生産地で、昔から「足柄梨」という名前で呼ばれ(品種名ではありません)ファンも多く、親しまれて来ました。

前回の吉田島レモンサイダーは、「吉田島総合高校(元吉田島農林高校)」の高校生たちが丹精込めて栽培したレモンを使ったサイダーでした。

このサイダーは地域や農産物をPRする商品というより、高校生の栽培した農産物というストーリーが主。

しかし、今回は「足柄」の地名を冠した商品ということで新たなストーリーで地域のファンが増えることを目指しています。

さて、知る人ぞ知る足柄梨ですが、そもそも足柄梨とはなんぞや、ということで今回は足柄梨の歴史についてご紹介します。

 

足柄梨写真2

足柄梨とは、神奈川県西部で生産された梨のことをいいます。上でも書いた通り、品種名ではなく、この地域で生産された梨の呼称です。 天保時代(1830年から1843年)にまとめられた年間に既に現在の山北町で梨の栽培がされていた記録が残っています。

ただし、この頃にはまだ足柄梨とは呼ばれてはいなかったようです。

足柄梨と呼ばれるようになったのは明治の末頃から大正にかけて。

大正9年には梨の組合が作られました。ちなみに私は約100年の樹齢の足柄梨の木を見せていただいたことがあります。

この組合の初代組合長は河野治平氏。 なんと現在国会議員を務める河野太郎氏のご先祖さまで当人も県会議員を務めいていたそうです。

現在栽培されている足柄梨の種類は主に幸水・豊水・長十郎などを栽培している方が多いのではないでしょうか。中には愛宕という冬に食べれる大型の梨を栽培している方もいます。

梨の栽培には水がたくさん必要ということで綺麗な地下水がたくさんある足柄地区はまさにうってつけだったのでしょう。 梨の時期になると大井町を走る国道255線などで梨の直売の看板が目につき、美味しい足柄梨を食べることができますので、夏には是非食べてみてください。

足柄梨を使った加工品は現状多くはありません。

現在インターネットで出てくるのは日本のうまいさんの足柄梨の生姜焼きのタレくらいでしょうか。 加工品には、通年で販売が可能になり、農産物のブランド力を上げていくことにつながり生果の販売にも良い影響を与えます。

今月末発売の足柄梨サイダー、是非味わってみてください!

さて、そんな足柄梨ですが、栽培が難しいこともあり、現在足柄上郡では栽培者が減っているのが現状です。大井町では現在数件、開成でも1件。

サイダーにした足柄梨はまたまた神奈川県立吉田島総合高校の生徒が栽培した梨。将来的には生産者のものも使うことができれば。 あ、吉田島レモンサイダーも現在おかげさまでほぼ完売!ということで先日今期に吉田島総合高校の果樹の生徒たちが栽培したレモンを再び果汁にしました。近々2年目の吉田島レモンサイダーがリリースされますのでこちらも宜しくお願い致します!

農産物のブランド化の目標

UMEMARU Inc.代表

守屋佑一

参考文献 郷土の特産物の記録 足柄梨生産の歴史 相洋高等学校史跡研究部 (小田原市立かもめ図書館で借りることができます)

農業の隠れた問題3

小田原の日刊神静民報で連載させていただいている「農業の問題」シリーズ第3弾をリリースさせていただきました。

私も昨年の暮れはミカンの収穫収穫アンド選果に勤しんでおりました。

農業体験してみたいかたとかいませんかねー?

以下、本文!

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寒い日が少しずつ減り、暖かい日が増えてきて春を感じさせる今日この頃。

春の農業は野菜の定植やは種、そしてその準備のため農業が忙しくなってくるという人も多いだろう。しかし、春だけでなく冬から1月にかけてが繁忙期という方も小田原には多くいられるのではないだろうか。

小田原で古くから栽培されている温州ミカン。このミカンの収穫期がまさに冬の初めから1月くらいまでだからだ。ミカンは比較的栽培もしやすいことから稲作と並んで兼業農家としてミカンを栽培している方も多いことだろう。

本日ご紹介する農業の問題は

以前にも書いたが、私も兼業農家でミカンを主に栽培している。

冬の間は時間があればミカンの収穫と選果作業に祖父と共に追われていた。

私は収穫のみに限ればとても好きな作業であり、実は毎年楽しみにしている。ひたすらにミカンにハサミを入れカゴに入れていく。無心で打ち込めるし、疲れたらミカンの味見を行ったりしてとても楽しい。

しかし、収穫の作業はただ収穫をするだけではない。収穫したミカンを小屋にしまったり、トラックに積んだり、貯蔵したり様々な作業が付随する。ミカン用のコンテナにミカンを入れるとその重さは約20キロ。これを何度も何度も上げ下げする作業は正直楽ではない。

当たり前だが人は老いる。私も体力に自信があるほうであったが20代の後半に差し掛かり、確かに体力の減少を感じている。その歳でなにを言っているのだと思われるかもしれないが、昔はもっともっと体力があってそれこそ休み無しで動き続けられたものだが、最近はそれができない。20歳代でさえこうなのだ。

諸先輩方はもっと厳しいはずである。私の祖父は80歳代。サラリーマンであればまずありえない高齢だが、農業を営む人ではざらにいる年代。作業は熟練されても、どうしたってコンテナを持つことが辛くなる。人出がいればまだいいが、中には人出がいないお年寄りも多くいるのではないか。

収穫はとにかく人の数がいればいるほどいい。しかし、子供が遠くに住んでいる等の理由で手伝いが期待できない方もいる。我が家は幸い、私が兼業農家として農業を行い、祖父一人に収穫作業をさせないで済んでいる。

私の友人も何人か手伝いに来てくれる。無償奉仕ではもちろんない。

そこに利益が存在している以上、もちろ対価がないといけない。私の敬愛する二宮尊徳氏の言葉に「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道は寝言である」という言葉があるが、資本主義社会である以上完全なる無償奉仕というのはめったなことではあってはならないと私は思っている。

ただそれにも大きな壁がある。日本はとかく副業に厳しいので、なかなかバイトとみなされることをやりたがらない人もいるし、もちろんたまの休みは体を休めたいというのが本音だろう。

人を雇うということは本当に大変だ。

ただやはり農業だけで通年で人を雇用したり食っていくというのは本当に難しい。

もしこれを読んでいる人の中で普段忙しく家の農業を手伝えない方もシーズンに一度くらい、いや、一時間くらいはなんとか時間を作って父や祖父を手伝ってみてはいかがだろうか。普段やらない仕事をすることで新たな気づきも得られるかもしれない。

宣伝で申し訳ないが私の栽培した極早生玉ねぎが森永牛乳小田原販売(小田原市荻窪180)の農産物直売所に3月下旬から出荷されるので、興味のある方は是非買いにきてほしい。ほかにも地域の農産物を販売している。

次回は、農業の技術についてお話ししたい。

農業の問題1

農業の問題

 

新たなる伝説、湘南ゴールドの収穫始まる。

湘南ゴールド

伝説のみかんマスターであり農学博士 真子正史 氏らが育成した湘南ゴールドの収穫が最盛期を迎えている。真子氏は、みかんの価格低迷と12月に収穫作業が集中するみかん生産農家を救済のため「柑橘(かんきつ)類補完計画」を提唱した。柑橘(かんきつ)類補完計画とは、神奈川県産のカンキツ類を一年間通じて生産販売することにより、農家の所得向上を目指す計画である。湘南ゴールドはその4~5月の販売品目として開発された経緯を持つ。
湘南ゴールドは、小田原市根府川にある みかん研究所(見学可能)で生まれた小田原生まれの新感覚オレンジである。
特徴として、名前の通り鮮やかな黄色。皮の色に似合わず、食べると糖度12度の甘みと広がる香りが絶妙のカンキツ。松沢 元神奈川県知事の施策により、小田原を含む県西部に導入が進んだ。ぷっちょやランチパック、ビールにもなっている。

 梅丸復活に尽力している「小田原ときめき研究会」では、氏が提唱する湘南ゴールドの、名詞から動詞への変換によるプロモーション 「湘南ゴールドしようよ」プロジェクトに取り組んできた。その一環として、黒岩知事らの出演によるCMをユーチューブ( https://www.youtube.com/watch?v=EPRmAFPm248 )を通じて展開してきた。
さらに 研究会は 小田原生まれの湘南ゴールドを都内の大学生に知ってもらおうと収穫実習の受け入れを2年前から始めている。
今年度は、東京農業大学から5人女性の大学生を受け入れた。みかんの木を初めて見る大学生には、さらに黄色いオレンジは衝撃を与える。

猪狩さんと福島県出身の石井さんは
「湘南ゴールドは香りが良いので、ゆず湯みたいな湘南ゴールド湯もおもしろそう。ほかにもお茶や料理にも。生食だけではないアピールポイントも打ち出せるのでは?」と話す。

ときめき小田原研究会では、今後も小田原生まれのオレンジ、湘南ゴールドのPR活動を通じて、「湘南ゴールドしようよ」と呼びかけている。

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下曽我駅前に梅まつり限定でアンテナショップがオープン!

2月6日(土)に開園した第46回小田原梅まつり。

今年は開花が順調で、開園当初から観梅に訪れる観光客が多く、好調な滑り出しです。

そんな梅まつりに今年、新たな試みとして空き店舗を利用したアンテナショップが設置されました。その名も「曽我の駅前物産店下曽我駅前茶屋」

場所は小田原市曽別所808の元は米穀店があった建物を利用しているそうです。

この取り組みは、下曽我の有休農地を利用し、新たな農業のスタイルを実践する小山田氏、川久保氏を中心として展開されている取り組みで、梅まつり中の土日祝日にオープンしています。。同店に置かれている商品は上記の有休農地のミカンを利用したオリジナルジュースやオリジナルブレンドの足柄茶、地域の木材を使用した器などのオリジナル商品、蜂蜜、イチゴなどひたすら地域のものにこだわり置かれていて、普段からこういうお店が小田原にあればいいのにと思えるような素敵な仕上がり。

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今回、梅まつりのために設置された同店舗ですが、そのセンスは抜群で外観や内装ともにまるで何年も前から下曽我駅前にあったような外観。内装も棚やテーブルなど地域の木材を使用していて、とてもマッチしています。場所も駅前の一等地ということもあり、梅まつり開園日の6日にすでにお客の姿が絶えませんでした。

下曽我駅周りは決して普段からたくさんの人で賑わっているというわけでは決してありません。しかし、梅まつり期間中は本当にたくさんの人で賑わいます。常に空き店舗を活用して「何か」行うというのはなかなか難しいですが、このように人が来るイベントだけでもピンポイントで空き店舗を活用できれば、それだけで地域は活性化します。特別にお金をかけ新しいことを始めるのではなく、その地区にもともと存在するものを有効活用しているこの取り組みは、今後の梅まつりの名物となるような期待感を感じられました

梅まつりに足を運ぶ予定のある方はぜひとも一度覗いてみてはいかがでしょうか。

もちろん、中河原会場「曽我・うめ処中河原」にも是非足をお運びください!

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足柄梨秘話 久野編

昨年8月に発売した吉田島レモンサイダーに続く、足柄サイダーシリーズ第二弾をこの度企画しました!

その名も足柄梨サイダー。サンプルを飲みましたが、ちょっと美味しすぎてびびっています。早く、みなさんにもお届けしたいです!現在最後の仕上げに入っておりましておそらく3月には市場に出回るかと思います。マジで期待してください!今回の梨も吉田島総合の生徒たちが栽培したものです。

で、足柄梨、以外と知名度がないということで前知識として、何回か足柄梨についての秘話をご紹介します。今回は久野編!いつも青壮年部でお世話になっている興津先輩の梨を紹介します!

みかん、梅、キウイフルーツなど様々な果樹の産地として知られる小田原。

実は古くからの梨の産地でもあり、「足柄梨」という名前で栽培と販売がされてきた歴史がある。その歴史は古く、明治時代より続く。主に足柄梨はどちらかといえば郊外の曽我地区が有名。夏に国道255号線を車で走っていると、梨の直売の看板が目につく。

足柄梨は、まちからほど近い久野の農家でも栽培を行っている。農家の名は興津智昭氏。様々な果樹を栽培する若手農家だ。若手といっても、農業歴は長く、その腕は確かで直売所にはひっきりなしに梨を買い求める客の姿が絶えない。取材中も何人もの来客があった。直売所では梨以外にも、足柄茶、梨を使用したジャム、焼肉のタレなどを購入することができる。

 自慢の梨は農協が主催する品評会での入選経験もある。

 現在は品種改良も進み、梨もいろいろな時期に食べられるようになったが、興津氏の園では昔ならなのオーソドックスな幸水という品種を主に栽培しており8月いっぱいでその殆どが終わってしまう。

 興津氏の梨が購入できる興津農園の直売所は梨の期間の8月中は毎日10時より18時まで休みなく営業中。

冬にはみかんなどの直売も行われる。この機会に、足柄梨を味わってみよう。

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I HAVE A DREAM

I HAVE A DREAM

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つながりと6次産業で地域と農産物のブランド力アップへ。

こんにちは。神奈川県西湘地区の小田原市から参りました守屋佑一と申します。

私には夢があります。

これは夢物語ではなく、実現できる夢だと信じています。

本日は、その夢の第一歩となった実績の発表をさせていただきます。

実績発表に入る前にまず、自己紹介をさせていただきます。

私は、1988年に生まれました。

母方の実家は青森で専業のリンゴ農家,

私が生まれた頃は祖父がミカン農家の兼業農家。

そして父は主に牧場経営の流れから受け継いだ牛乳屋を営んでいます。

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高校は農業高校に進学。このときは具体的に農業でなにかをしようという考えはなく、農業の高校ですが、普通科に進学し、野球に明け暮れていました。練習は厳しく、毎週のように合宿があり、練習の一環で身体作りのために米を食べるという練習があり、食について色々考えるようになりました。

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その後、大学に進学し、高校野球のコーチを経験しながら勉強に励みました。

就職が決まってからは日本中に旅行していろんな地域の特産品を見ることによっていま、行っていることの土壌ができたような気がします。このころから農業に具体的に関心をもち、定期的に祖父の農業を手伝うようになりました。また、食生活アドバイザーという資格を取得しました。

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大学卒業後はJAかながわ西湘に入組し、直売に興味を持ち、マーケティング指導や直売向け講習会を開催しました。また、湘南ゴールド味のぷっちょというお菓子の企画をさせていただいたり、東日本大震災で被災した農家の支援に派遣していただくなど、大変貴重な経験をさせていただきました。

休日には大学の時に引き続き、家の農業も手伝い、農家としてJAかながわ西湘の青壮年部久野支部にも入部し、地場野菜の出荷組合やとうがんの出荷など組合員としての活動も積極的に行いました。

今年の3月には農協を退職し、現在、農業と牛乳屋のかたわら地域の農産物キャラクターを利用した観光商品の企画や地元新聞でライターなどさまざまな分野を行う兼業農家です。

農家としては各種みかんと直売用野菜、また、自身の畑とは別に仲間と茶の栽培を行っております。

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これらの経験のなかから繋がりが生まれ、本日発表させていただく実績が実現しました。

本日は、この吉田島レモンサイダーという農産物の6次産業化商品について発表させていただきます。

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この商品は、わたしが企画し、父の経営する株式会社森永牛乳小田原販売より今年の9月に発売しました。

吉田島というのは、わたしの出身高校である、神奈川県立吉田島総合高校。5年前までは吉田島農林高校という名前でした。私は先ほどお話ししたように高校を卒業してからも部活のコーチなどを行っており、その後、農協に入ってからも自主的に農業の知識を得るために高校に足を運び先生から話を聞くなど交流がありました。

始まりは今年の春、奇しくも私の退職間際のことでした。

先生から、吉田島総合高校をPRするような果実のよい使い道はないか。使い道があれば吉田島総合の生徒が栽培したレモン果汁を譲ることが出来るのだが・・・と相談を受けたのです。

私は農協在職時に行った企画や学生時代に全国の特産物を見て回った経験から地域をPRするための6次産業のアイデアを常日頃から考えていました。

そうしたなかで、もう一つの故郷である青森で、八戸水産の生徒がつくった秋刀魚の水煮や九州を旅していた際に農業高校の生徒が企画した商品を見たことが強く頭に残っており、農業高校の生徒が栽培した果実を使用した商品は売りになる。そう思い、吉田島のレモンでサイダーを作ろうと先生に提案しました。

商品化にあたって、森永牛乳小田原販売でレモン果汁を学校から買い取り、サイダー製造を川崎の工場にお願いし、森永牛乳小田原販売としても初の自社商品として売り出すことにしました。

もちろん高校生が作ったレモンを使用したサイダーというだけでは、意味がありません。果樹の授業を選択する生徒にラベルデザインのアンケートを行い、意見を取り入れ、校章も配置しました。

吉田島総合高校にとっても、森永牛乳小田原販売にとっても初の試みということもあり、ノウハウがない中からの出発だったので、手探りの状態での商品開発でした。何度も工場に足を運び、高校生が作ったレモンを活かすため、あえて甘みを控えめにしてレモンの風味を活かしたいと伝え、何度かの試作を経てサイダーの味が決まりました。

ギリギリのスケジュールということもあり、本当に完成することができるのかとても不安でした。

しかし、先生たちの協力もあり、こうして実際に商品化することができました。

完成したその日に、工場に製品をとりにいき、まだビンが熱い出来上がったばかりの商品を手にし、自分の思い描いた商品が実際に形になったことを実感し、言葉では言い表せないくらい感激したことを覚えています。その後、学校で先生にサイダーを渡したとき、今までの頑張りを思い出し、目頭が熱くなりました。

POP用の写真撮影を学校で行ったときには、サイダーを見た生徒たちが口々に「すごい」と、とても喜んでくれたことも印象的でした。

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大人の私にとってもとても嬉しいのです。高校生は、自分が栽培したレモンがこうして味わえることで、もっともっと嬉しかったに違いありません。

完成してからはサイダーを手に営業。これは農産物にも言えることですが、いくらいいものができたとしても、売れないと意味がありません。せっかく作ったのに売れず、大赤字になってしまうのではないか。

そんな不安とは裏腹に、好調な売れ行きで、発売から2ヶ月で12店舗での販売。そして製造量の約80%を販売することができました。

吉田島総合は創立108年の伝統校ということもあり、地域にファンやOBが多く、取り扱い店舗からもOBの方が購入していくことも多く、地域に愛されていると伺いました。

また、地域のフリーペーパーや農業新聞をはじめとする新聞社計6紙に掲載され、インターネット上でも話題となり、一躍新たな足柄土産として、吉田島の地名と高校、そして地域の農産物をPRする商品となりました。

少しはお世話になった母校に恩返しができたと思います。

しかし、このサイダーを商品化したのは、恩返しのためだけではありません。小田原ではすでにご当地サイダーがありましたが、足柄上郡にいまだはなかったことから商業的にも成功し、収益につなげ、これを契機にさまざまな農産物のブランド化へ繋げられるのではないかと考えたからです。学校や地域に貢献するだけではなく、しっかりと収益を生む。それは地域や農産物を発展させていくために大事なことです。

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私には今回のこの吉田島レモンサイダーの実績を広げ、実現したい夢があります。

神奈川県西部のさまざまな農産物を掘り下げ、兼業農家として6次産業から農産物と地域のブランド力をアップさせること。

私の住む小田原とまわりを取り巻く南足柄市、足柄上下郡にはまだまだ眠っているストーリーのある農産物がたくさんあります。たとえばキウイフルーツは足柄上郡の山北町が日本での栽培の走りでありますし、みかんや梅も地域固有の品種と古くからの歴史など特色のある農産物です。

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しかし、神奈川県西部の農産物といえば?という質問をしたときに「キウイ・みかん・梅」というような答えが返ってこないのが現状です。

もっともっと神奈川県西部は農産物で地域をPRできる余地が残っています。

全国では農産物を活用し、農業が豊かで立派な観光地になっている地域をたくさん見てきました。

現在神奈川県西部は同じ農協管内でありながら、小田原と南足柄市、足柄上郡、下郡はばらばらに観光作りをしているように感じます。

しかし、そのルーツはもともと一緒です。実は明治4年には足柄県というひとつの県でいまの農協管内はひとつの行政体でした。

新しいことを行うのももちろん大切です。しかし、このように地域に根付いたものを掘り起こし、このエリアに良い農産物があるというイメージを作り上げ、自身の農産物や盟友たちの果樹などを使用して、私の憧れであるポンジュースのような全国に名をとどろかせるような神奈川県西部の名産品をつくりあげていきたいです。

そして、農産物ブランド力を高め、一大観光地としての地域を打ち出し、農業と地域をもっと活性化させ、農業における知名度や収入を上げることにつなげたいです。

神奈川県西部の小田原と南足柄市、足柄上郡、下郡には農産物だけでなく温泉・お城・海・山・歴史など全国に誇れるものをたくさんもっています。それらを活用し、観光地として他の地域のモデルケースとなること。その成功事例が広がれば日本全体の農業と地域が豊かになる可能性を秘めています

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そのためには、もっと地域の人たちへの農産物のPRの必要性も感じています。

そのために、地域の交流施設であるおやすみ処を活用して同じ支部の青壮年部の盟友たちと直売イベントを企画し、実行しました。

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イベントは好評で、収益にもつなげることができました。その後もさまざまなメンバーで数回開催し、地域で採れている農産物をPRすることができました。直売をするとお客様からこんな素晴らしい農産物がこの地域にあったのかという声をきき、やはり6次産業による通年での農産物のPRの必要性も実感してきました。

牛乳屋の店先にも直売所をつくり自身の農産物や地域の6次産業商品を集め店頭にて見せる販売もスタート。

また、ライターとして青壮年部の支部の盟友たちの農産物をPRする記事を地元紙に書くなどメディアの力も使ったPRも行いました。

農産物は「食べる」ということ以外に地域のブランド化につなげるためのさまざまな可能性を感じ、たくさんの農産物のキャラクターをつくりだし観光商品にする取り組みや、梅まつりというイベントにも積極的に協力してインターネットを使用したPRにも協力。

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高校でできた繋がり。農協に入り、青壮年部に入部し、さまざまな活動を通してできた繋がり。これらの絆が私を支え、いろいろなことを形づくっていくことができました。

私一人では知識もやれることも少なく、ただの脆弱な兼業農家ですが、今後ともみなさまからいただいたご縁と絆を活かし、感謝の気持ちを忘れずに、地域や仲間とのつながりをもとに担い手の一人としてしっかりと収入を得て、地域農業を盛り上げていきます。

そのために現在のようにさまざまな仕事を農業と絡め、兼業農家としての特色を生かしながら活動を行っていきます。

農協での経験も活かしてさらに一歩ずつしっかりと力をつけてもっと良い繋がりをつくり、わたしを育ててくれた地域と諸先輩方や農協にも恩返ししていきます。

今、今回発表した吉田島レモンサイダーのように盟友たちの作っている農産物も含め地域にある果樹を誇れるストーリーのある6次産業商品の企画を行っています。

この吉田島レモンサイダーはそのための第一歩です。

「私には夢があります。」

ご静聴ありがとうございました。

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